【星幽塔】第十一階層　極圏のハレーション｜リアクション

【星幽塔】第十一階層　極圏のハレーション

「……来たね」

　夏朝は顔を上げる。
　星幽塔、かつてない決戦、その終局はちかづいていた。
　
　スタート直後より、夏朝は着々と準備を進めた。
　タイマーをセット。
　開始からすぐ凍土に行き着き、遊牧民たちを説得。
　協力を申し出た彼らとともに、全力で穴を掘る。
　土は土嚢にし、村の前面に展開。
　途中、氷河地帯から戻った修、美咲紀と合流。
　ろっこんを虹の力でコピーし、巨大な穴を作成。
　
　修はまず、雪崩に対し八の字に斜面を分解。
　土嚢と合わせ、村への雪崩直撃を回避する。
　そのうえで、ろっこんを使用しつつ、穴をさらに巨大に仕上げていく。
　夏朝は修に感謝し、時計を確認。
　
（１８分経過か……）

　先遣部隊が、敵の状況を伝える。
　工場突入を前にして、穴の作成をストップする。
　
　布陣は決定した。
　まず前面に塹壕のような土嚢。
　その背後には、堀としての穴。
　ゲースは遊牧民の部隊を指揮し、穴に竜を誘導。
　悠月は後衛で、防御壁を展開する。
　桜は独立戦力として、クロスボウで攻撃を仕掛ける。
　
「テルシオという方陣だ。部族の絆を、堅牢な要塞に変える。組むべきはこの陣」
　合流した遊牧民たちを、ゲースは水際立った指揮で指示していく。
「中央に槍兵の密集方陣、弓兵は両翼に」

　テルシオ方陣。
　中央部に槍兵を、四方には弓兵を配置する伝統的な方陣。
　最初は弓兵、それがやがてマスケット銃にとって代わられ、次第に銃兵の割合が大きくなっていく。
　そのアイデンティティを喪失し、近代的な兵器を擁する大規模軍にとってかわられるありさまは、一つの強国が支配する中世から、条約と外交が支配する近代的な国家が台頭していく社会の変化と、奇妙に符合している。
　いわば、騎士の栄光と没落を、そのまま運命をともにした陣形なのだ。
　
　風車に突入する愚かな騎士譚として知られる小説にも、獄舎の者がテンソル方陣について長々と講釈を垂れる一幕がある。

「最後の騎士」を称するゲース、何を思ってこの陣形を選んだか。

　喜劇で一番難しい役は愚か者の役であり、その役を演ずる役者は馬鹿ではない。

　The most difficult character in comedy is that of the fool,
and he must be no simpleton that plays that part.

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　――Miguel de Cervantes

　「ヤバくなったら離脱しろ。敵の標的は俺だ」
　
　そして、竜を追い込んで、穴に追い落とし。
　
　――それから後は？
　
　どのような状況が待ち受けているか。
　なにが自分たちを待ち受けているか。
　
　答えはない。今は自分のできることをするだけ。

　
　――来たぞ！

「竜の汽車ポッポか？」
　ゲースが笑う。
「そんなへっぽこ攻撃が当たるもんか！　バーカバーカ！」
　そんな彼を、ドラゴンがぎろりとにらみつけた。