開かれた扉｜リアクション

開かれた扉

　九夜山の山道の脇で恵御納夏朝が横になっていた。安らかな寝顔が急に険しくなる。
　瞬間的に跳ね起きて構える。周囲への警戒を怠らない。
「何もない、だと？」
　寝ていた場所に素早く目を落とす。枯れ葉が人為的に集められていて寝床に見える。
　――気絶して入れ代わった訳ではないのか。
　服装に目をやる。オレンジ色のウインドブレーカーを着ていた。
「最近は物騒なことが多いからね」
　足元にあったリュックサックを背負う。軽く柔軟をして走り出した。
「僕の鍛え方は甘くないよ」
　山道を外れて急斜面を駆け降りていった。

　木々の合間を走り抜ける。滑りながら根を跳び越え、大きく跳躍して降り立った。視界に何か過ったのか。瞬時に振り返る。
「なんだ、この扉は？　神魂の影響か？」
　顔を向けた先には大きな扉があった。左側が開いていたので中を窺う。
「かなり暗いな」
　リュックサックを下ろし、中身を物色。真っ先に手回し式の懐中電灯を引っ張り出す。発電が可能でラジオと一体化した優れ物であった。
「これは僕のだね」
　黒い手帳とペンを取り出す。
「調べてみるか」
　一歩を踏み出した。
　懐中電灯の強い光が洞窟の内部を照らし出す。左右に動かして、迷路か、と呟いた。何か楽しみを見つけたかのように口元が微かに笑っていた。
　周囲に目を遣りながら奥へと進んだ。頃合いを見計らって立ち止まる。手帳に歩いたルートを書き記す。分岐には数字を宛がい、頭の中にも記憶した。
　同じような灰色の光景の連続に方向感覚が緩やかに闇へと拡散してゆく。
「手帳があってよかった」
　目に光の粒が飛び込んできた。一瞬、目を細める。
　懐中電灯の光を反射した個々の岩が煌めく。周辺の暗闇は無限の奥行きを感じさせて、満天の星空、壮大な流星群と見る者の心に訴えた。
　気の抜けたような声が自然と漏れた。
「……綺麗だね。こんな空間があるなんて……」
　どこか夢心地の表情で足元に目を向ける。砕けたような破片を摘まんだ。天井に掲げて光を当てると青い光を放った。角度によって微妙に色合いを変える。
　――宝石みたいだけど、鉱石に近いのだろうか。
「……夏朝に似合うかな」
　欠片を戻して真剣に探し始めた。手頃な大きさで色と形の綺麗な物を求めた。手に取っては諦めて他を当たる。その末に一つの石を拾い上げた。
「これは綺麗だけど……」
　掌に収まっていた石は綺麗な五角形であった。天然ではなく、加工されているように見える。深い湖面のような色が美しい。
　それ故に躊躇いも生じる。
「これ、持って帰ってもいいのかな」
「ええんとちゃうか」
　瞬時に声に光を当てる。ふくよかな白猫が顔を背けて近づいてきた。
「なにすんねん。眩しいやろ」
「悪かったね。これ、君の物なのか？」
「ワシは猫やで。そんな石ころにウサギの糞ほども興味ないわ」
　不貞腐れたような態度を見せる。
　――普通の猫ではないけどね。
「余計に持ち帰れないよ。持ち主の人に悪いし」
「ここは古そうや。持ち主はこの世におらんやろ。狸のもんやったら、人やないし、いくらでも持って帰ったらええねん」
「そうなのか？」
「猫がみのワシの決定が全てや」
「君は猫神なのか。偉いんだね」
「ま、猫がみやからな」
　見た目は太った猫である。居丈高な態度は普通ではない。
　――猫の神様の言葉に甘えようかな。
　手にした五角形の石をウインドブレーカーのポケットに入れた。
「いいお土産になったよ」
　軽く手を上げて来た道を引き返す。何故か白猫が付いてきた。
「どうかした？」
「ワシも帰るんや。迷ったんとちゃうで」
　白猫は太い尻尾を嬉しそうに振っている。
　――迷って帰れなくなったんだね。
「一緒に帰ろうか」
「ちびっ子の頼みや。しゃーないわ」
　夏夜は白猫にわからないように笑った。