開かれた扉｜リアクション

開かれた扉

　剥き出しの岩が目立つ空間で菫青醒夜子が仰向けの姿で眠っていた。前回に訪れた時と同様に安全帽を被り、厚手のジャケットにジーンズを合わせていた。同じ姿勢で背中が痛くなったのか。横向きに変わる。装着したヘッドライトの光を受けてアイオライトの扉が煌めく。
「……こんなに……鉱石が……珍しい……採れるなんて……」
　寝言を呟いて程なく、薄っすらと目を開いた。両手を使って上体をゆっくりと起こす。頻りに瞬きをして扉の方に目を向けた。
「また、眠っていたのね」
　立ち上がって軍手をしっかりと嵌め直す。アイオライトの扉の表面に両手を当てる。上体を斜めにして押してみた。扉に変化はなかった。引き戸を開けるように横の方向に力を加えると、少し動いた。何回か繰り返して出入口を確保した。
「いよいよね」
　中に入ると斜め前に小さな湖が現れた。波打ち際には青色の砂鉱床が広がっている。周囲の鉱石は様々な青色で形成されていた。
「アイオライトの原石ね」
　湖には興味がないのか。床や壁に相当する部分を見ながら端の方を歩いた。その足が止まった。歩いてきた道程を振り返る。
「湖の先には何もないし、新しい扉もないわ」
　その場に立ってじっくりと辺りを眺める。
　――ここで終点みたいね。
　納得した様子で床を見る。薄青い塊が突き出ていた。ジャケットのポケットに収まるくらいの手頃な大きさであった。
　醒夜子は片膝を突いた。用意した道具から平タガネを選んだ。小型のハンマーを使って鉱石の採取に乗り出した。
「あと少し」
　細かい作業を経て鉱石を取り出すことに成功した。持参したルーペで表面を見ていく。
　――亀裂は入っていないようね。研磨された美しい青色ではないけれど、ゆっくりと自然に育まれた色合いはとても美しいわ。
　青い瞳で堪能した。その後、別れを惜しむような表情で鉱石を紙に包む。採取した日をペンで記入してポケットに収めた。
　同じような作業を延々と続けた。軍手は黒ずみ、指の先端の部分が解れていた。
「……手を、洗わないと」
　閉じそうになる瞼でのろのろと頭を動かす。目に付いた湖に、にっこりと微笑んだ。

　軍手を外して湖で手を洗う。爪の先まで意識を傾けた。
「綺麗になったわ」
　両手の状態を丹念に見ていると、穏やかな湖に目が留まる。鏡と化した湖面に自身の姿が映っていた。灰色の髪を伸ばし、気品のある衣服に身を包んでいた。洞窟の奥で普段の淑やかな姿に戻っていた。
　無言で自身と向き合う。思い付いたかのようにすっと立ち上がった。青い瞳が全体を見渡す。
　どこからか入り込んだ光が仄かに空間を満たしていた。周囲の武骨な鉱石は見事なカッティングを施され、床や壁を鮮やかに彩る。
　湖の近くにはテーブルとイスが用意されていた。
「招かれたのかしら」
　醒夜子はイスに腰掛けた。手前にはティーカップが置かれていた。白い湯気が立ち昇る。持ち上げて中を見ると琥珀色の液体が注がれていた。
　一口、味わう。
「上質なアールグレイね」
　テーブル上には木目が美しい器もあり、そこには焼き菓子が品よく並べられていた。
「原石のままで良かったのに。でも、おもてなしは喜んで受けるわ」
　焼き菓子の一つを摘まんで笑みを浮かべた。

　湖の近くで醒夜子は安全帽を被った姿で横になっていた。時に口をもごもごと動かし、安堵を思わせる息を吐いた。
　夢の中で茶会を楽しむかのように安らいだ顔で眠っていた。

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