ヒーローズ！外伝～消し得ぬ炎の上の日常～｜リアクション

ヒーローズ！外伝～消し得ぬ炎の上の日常～

　ビルの上に、鴉取荘助は立っていた。
　ラムネ菓子を口に含んで、ロッコーンの力が及ぶ範囲を広げる。
　荘助がすいと手を動かせば、自動販売機やら街灯の影が、生き物のように蠢き出した。
「かわいい幼馴染殿が戦わなくていい世界を創る為に……」
　歌うように呟く荘助の口元を、歪な笑みが彩っている。
「『アーク』も狩りも……モレイビーの存在が生み出すのなら、俺はそれを滅ぼそう」
　先ずは、モレイビー狩りに興じる非能力者の始末だ。
「ひっ……！」
　と悲鳴の尾だけを残して、男がひとり、影に飲み込まれて消えた。
　自分を襲っていたモレイビー狩りが不意に訳の分からないモノに命を奪われたのを目前に。
　モレイビーの少年が、恐怖に震えながらその場にへたり込む。
　荘助は、その様を見下ろしながらにぃと笑った。
「『ノアの方舟』が元気だったときは狩りも楽だったのにな……まあ、仕方ないか」
　零して、また影を操る。
　ターゲットが自分に移ったのを悟った少年が「た、助けて……！」と叫んだ。途端。
「ヒーロー見参！」
　鋭い蹴りが、影を捉えて吹き飛ばす。
　綺麗に着地し木刀村雨を構えるのは、小犬丸信乃その人だった。
「あ……」
「ご安心召されよ。必ずお守致します」
　少年へと柔らかく声を掛けて、信乃は再び動き出した影の懐へと身を屈めとび込む。
　ズバッ、と、耳に心地がいいような音がして、影は真っ二つになって地に落ちた。
「動く影か。何とも面妖な……」
　信乃が呟いた、その時である。
　近くのビルの上から、拍手の音が轟いた。
　がばり、音の方を見上げる信乃。
「あはは、流石だね。見事な剣捌きだ」
「っ、何奴！？」
　逆光で、声に笑みの色を滲ませる男の顔は見えない。
　信乃の問いには答えずに、男は再び音を紡いだ。
「けど……そうやって剣を振るうのは、本当に正義かな」
「……善悪問答は難しくて俺にはわからん。しかし、他人の命運を他人が決めるのは俺の正義に反するのでな」
　迷いを知らない眼差しに、男は――荘助は、深く息を吐く。
「俺の理想を邪魔するという点では、俺から見ると悪だけどね」
　これでひいて……くれないよねえ、なんて呟くも、返るのは、
「当たり前だ！」
　という予想通りの返事。荘助は、軽く肩を竦めてみせた。
「そちらの理想の世界が何かは知らぬが……俺は、俺の正義にしたがって、必ず貴様をとめる！！」
「やれやれ……まあいい。今日は、一先ず撤退だ」
　信乃の言葉を受けて、そう宣言する荘助。
　何せ彼には、何も知らない信乃が家に辿り着く前にやるべきことがあるのである。
（信乃さんが帰って来る前に、カレー仕上げなきゃ。ね、信乃さん？）
　『ノアの箱舟』に代わる渡り先も探さなくてはと思いながら、荘助は身を翻す。
　顔の見えない男が消えるのを見送って、信乃はぎゅっと拳を握った。
（……帰ろう）
　２人の家で、幼なじみが、荘助が待っている。
　カレーを作って、彼はいつものように「お帰りなさい」と笑ってくれるだろう。