ヒーローズ！外伝～消し得ぬ炎の上の日常～｜リアクション

ヒーローズ！外伝～消し得ぬ炎の上の日常～

　赤いハイヒールを脱ぎ捨て、安全靴を履いて。
　Tシャツにジーンズを合わせたラフな姿で、大天使天吏はその地域に降り立った。
「皆さん、どうぞ！　炊き出しのスープです！」
　中枢から少し離れた、まだ、復興の最中にある地域である。
　天吏がなるたけ明るく声を張れば、多くの人が食事を求めて列に並ぶ。
「ありがとうございます……」
「真の平和というのは人の心の中から生まれるもの。今は頑張って耐えましょう」
　手ずから温かなスープを手渡す天吏の笑顔と力強い言葉を前に、初老の女性は涙を零した。
　炊き出しが終われば、少しでもインフラ整備の助けになればと、重たい水を懸命に運ぶ。
　そういう生活が何日も続いていて、天吏は既に、地域の人々の尊敬を大きく集めていた。
　それはそのまま、天吏が代表を務める『平和への翼』の理念への支持に繋がる。
　元よりこの地域は、モレイビーが関わる争いによって傷付いた地なのだから。
　そして――今日も今日とて、水を運ぶ最中である。
　天吏は、人々が揉める声を耳にして、そちらへと灰の眼差しを向けた。
　複数の男達が、一人の少女を囲んでいる。
　お前たちモレイビーのせいで……という言葉の切れ端が、耳に入った。
「ちょっといいかしら」
　声を掛ける。振り返った男達は、既に敬愛に近い感情を抱いている天吏を前に、畏まった。
「あ、大天使さん……」
「ここで、暴力に走ってはだめ。それが平和から私達を遠ざける最も恐ろしいもの……私が怖いものよ」
　静かに言って、天吏は男達に道を開けさせると、モレイビーの少女へと手を差し伸べる。
「大丈夫？　怪我はないかしら」
「そ、んな……私は、モレイビーで……」
「そうね、私は確かにモレイビーの危険性を訴えているけれど……」
　それは目の前の争いを放っておく理由にはならないと、天吏は穏やかに微笑した。
　周囲が天吏の対応に感嘆する、そのざわめきの中で。
　天吏は、胸の内にほくそ笑むのだ。
（……なーんちゃって）
　天吏の目的は、もっと大きなところにあった。
（こうやって支持を集めて、地区のお偉いさんに取り入って……）
　インフラ産業を乗っ取り、『平和な街』を自分達が政府より先に手に入れるのだ。
　勿論、目論見がばれては面倒なことになる。
　敢えて何社も経由して、地元で実際に活動する会社に『平和への翼』から資金を渡した。
（その見返りに、また私への支持を高めさせるって寸法よ）
　そして現実に、平和に近付きつつあるこの街での天吏の地位は、確固たるものとなり始めている。
　先の戦いを踏み台にして、コメンテーターとしての顔も存分に売っている天吏。
　この地域での活動を、マスコミも放ってはおかないだろう。
　天吏が何をしなくても美談として報じられ、それもまた支持者を増やす一助になるかもしれない。
（カードは整いつつある、ってこと。充分にね）
　全ては自分のためにと胸の裡で嗤いながら、天吏は今日もにこやかな笑顔を作るのだ。