ヒーローズ！外伝～消し得ぬ炎の上の日常～｜リアクション

ヒーローズ！外伝～消し得ぬ炎の上の日常～

　かつて、政府側のエージェントを育成する教官であった、八神修。
　彼は今、『共に幸せに生きる社会』と理想を掲げ、議員として活動している。
　各地を遊説している修は、今日も、毅然として演壇に立った。
「能力は個性の１つだ。例えばそう、足が速かったり力が強かったりするのと同じように」
　同じ人間同士が争うことを、修は良しとしない。
　故に、言葉を尽くす。理想を現実に変える活動に、全てを捧げる。
「異能を持たない者達も、モレイビーのことを考えてほしい。彼らは、能力故に苦しむことも多いんだ」
　隣人が、家族が持つ苦しさや力を思いやってほしいと、修は切に訴えた。
「そして、モレイビーもまた、自分達と異なる者達のことを考えてほしい」
　異能を持たない者達が抱いてしまいがちな、羨望や恐怖。
　その存在を語る彼もまた非能力者であるという事実は、彼の言に説得力を与える。
　異能を持つ者と、持たぬ者。
　両者が手を取り合うことを願う者は、決して少ないわけではない。
　演壇の周りに位置取る人々は、熱心に顔を上げて修の言葉に聞き入っていた。
「共に生きるためにはルールが必要だ。ロッコーンの使用に決まりを作ろう！」
　更に修は、モレイビー狩りの禁止を徹底させるべきだとも声を張る。
「隣人同士争う必要は無い。共に安心して生きていける社会を作ろう！」
　修はそう、演説を締め括った。
　耳が痛くなるほどの拍手の音が、辺りに満ち満ちる。
　修は、ふっと細い息を吐いて、そのかんばせに微笑を湛えた。
　頭を下げて、演壇を後にする修。と、その時だ。
　鳴り止まない拍手の中に、怒号が、そして混乱の声が混じった。
　一人の男が、人々を押し退けるようにして修の方へと迫ってくる。
「何が幸せな社会だ！　俺の家族は、モレイビーの戦いに巻き込まれて死んだんだ！」
　双眸に涙と狂気を湛えた男の手の中に、刃物が鈍く輝くのを修は見た。
（っ、駄目だ、避け切れない……！）
　修が目を瞠る、男が突進してくる、その瞬間。
　――ぶんっ！
　風の唸る音がして、小石が、男の後頭部に当たった。
　目を見開いたまま、男がぐらりと前のめりに倒れる。
　男は、完全に気を失っていた。命は、絶たれていない。
（小石でこの威力、それに、このコントロール……！）
　辺りが騒然とする中で、修は、人波の中に見慣れた姿を探した。
「いた……！」
　決して、見間違うはずがない相手だった。
　修の元教え子――『アーク』のエージェントたる、高野有紀だ。
　ちらり、高野が修の方へと視線を流す。
　それきり高野は振り返ることなく、どこかへと消えていった。
（元気そう、だったな。密かに様子を見守っていて――助けて、くれたのか）
　それに、殺しをしなかった。彼女なら、それが簡単に出来たはずなのに。
「やはり、ロッコーンは、誰かを助けたり守ったりできる力なんだ……」
　修の唇から、知らず音が漏れた。
　喧騒が遠くに聞こえる中、静かに目を閉じる。
（有紀……いつも、君の幸せを願っているよ）
　この祈りが届くようにと、修は強く強く想いを羽ばたかせた。