ヒーローズ！外伝～消し得ぬ炎の上の日常～｜リアクション

ヒーローズ！外伝～消し得ぬ炎の上の日常～

　道すがら購入した菓子パンをもぐもぐと食べながら、御剣刀はある場所を目指した。
「……もう、瓦礫とか撤去されているかと思ったんだけどな」
　辿り着いたのは、先日、『ノアの箱舟』の指導者であった島岡雪乃が消えた教会跡。
　この教会がまだ瓦礫の山ではなかった頃に、刀は雪乃との再会を果たした。
　尤も、それは血に塗れた、互いの命が掛かった戦いの中でのものだったけれど。
　黒の眼差しで廃墟を見遣り、刀はかつての師であった『先生』――雪乃へと想いを馳せる。
（勉強を教えてもらった、一人での生活の仕方も教えてもらった……）
　再びの邂逅は、あまりにも残酷なものだった。
　しかしそれは、刀の脳裏に雪乃と過ごした日々を思い起こさせるに充分なもので。
　生まれた郷愁は、刀の足をこの場所へと向けさせた。
「そういや、ガキだったから風呂も一緒に入ったな～……あれ？　あの頃からあんまり歳くってないよな？」
　懐かしい面影と先日見た彼女の姿を重ね合わせて、刀は首を傾ける。
　そして――深く深く、息を吐いた。
「普通？　の先生だったんだけど、どうしてあんな風になったのか……」
　元からの本性を、刀達には隠していたのか。
　それとも、何か彼女を変える出来事があったのか。
　それは、刀にはわからないことだ。決して晴れることのない問いだ。
「どうなんだよ、先生……はあっ」
　言葉を零してしまった後で、再び重たいため息を吐く。
　ガキかよ、と、刀は自嘲混じりに笑った。
　心を曇らせる想いは微塵も散らなかったけれど、それでも――。
　緩く、首を横に振る刀。
（再会した時、迷わず俺を洗脳しようとしたけど……）
　それに対抗するために刀が自分に刃を突き立てた時は、焦っていたようにも見えた。
（アレは手駒が死ぬからなのか、俺が死ぬからなのか）
　答えのない疑問ばかりが、刀の胸の底に降り積もっていく。
　目を閉じれば、浮かび上がるのは、血の赤。
　首筋を切りつけられて、真っ赤な血が噴き出していた。
　放っておけば死んでいただろう。
　いや、すぐに治療を施したとて、助かる確率は限りなくゼロに近かったのではないか。
（だけど、あの場で確認できたのは首を切られた所まで……遺体は確認できていない）
　だから――刀は、まだ諦めきれずにいるのだ。雪乃が生きている、という可能性を。
　――刀君。
　名前を呼ばれた気がして、刀は閉じてしまっていた目をハッと見開いた。
　淡く、光が射す。瓦礫の中に、雪乃が立っている。こちらを、優しい目で見つめている。
　刀は、ガシガシと首の後ろを掻いた。
「あ～……本当は不味いんだけど、今はオフだからこれからの言葉は俺個人としてだ」
　雪乃は笑っている。ただただ、笑って、笑って、笑って……。
「――こんにちは先生、こうして貴方にまた会えて、嬉しいよ」
　瞼を閉じて、もう一度目を開く。
　そこに、島岡雪乃の姿は、なかった。
「っ、はは……」
　刀の喉を、渇いた笑い声が震わせる。
　空を仰ぐ。気が狂いそうなほど鮮やかな青色が、頭上を覆っていた。

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