ヒーローズ！外伝～消し得ぬ炎の上の日常～｜リアクション

ヒーローズ！外伝～消し得ぬ炎の上の日常～

　実験に熱中する五十嵐尚輝の姿を目に、御巫時子はふうわりと微笑する。
　追われる日々は終わり、ひと時の、けれど確かな日常が目の前にあった。
　今日は朝から、五十嵐の実験の助手を務めている時子である。
「尚輝さん、少し、休憩にしませんか……？」
　実験が一段落したのを見て取って、時子はタイミング良くコーヒーを運んだ。
　机に並べられるコーヒーカップと手作りのクッキーを見て、時子の顔を見て、
「……ありがとうございます。やはり、コーヒーは君の淹れる物が一番いい」
　五十嵐は、ごく淡々と、時子の頬を仄かに朱に染め上げるのだ。
「どうしました？　顔が赤いですが」
「こ、これは……尚輝さんが、あんまり嬉しいことを言うので……」
「思った通りのことを口にしただけですが……」
　政府側のエージェントである時子には、潜入先の『アーク』に恋人がいる。
　その相手こそが五十嵐なのであって――２人は実に、複雑な立場にあるのだった。けれど。
（『ヒーローズ・プロジェクト』でも『アーク』でも……尚暉さんと一緒に居られたら幸せ、ですね）
　と、時子は大切な人と共に過ごす日々に喜びを感じずにはいられない。
（それに、今は落ち着いてるから、政府側に報告することもないですし）
　そんなことを思う時子の前で、コーヒーを喉に流し、細く息を吐いて。
　五十嵐は、クッキーを摘まみながら、ぼそりと言った。
「……君が用意してくれる物は特別な味がする、というのは、非科学的に過ぎますかね」
「どうでしょうか……でも、また嬉しいです」
　応じて、時子は後ろから、五十嵐の身体をぎゅっと抱き締める。
「……御巫さん？」
「尚輝さん、あまり根を詰めすぎない様に……」
　時子が心配にその表情を曇らせているのは、五十嵐の位置からは見えないだろう。
　けれど彼は、自分を抱く時子の腕に、そっと触れた。
「僕は大丈夫ですよ、好きでやっているので」
「ですが……」
「頼りになる助手もいますしね。君は、吸収が早くて助かる」
　確かに、色々と教わるうちに、少しずつ先を読んで動けるようになってきている時子だ。
　助手らしくなってるでしょうか？　という不安を、五十嵐の言葉は優しく溶かした。
　ただ――それでも、不安の種は、尽きるということがない。
　時子は、五十嵐が思っているよりも具に彼のことを知っていた。
（私の知らない実験をされてる事があるのが、寂しいですね……私には、教えられないこと？）
　助手として、きちりと役には立てているようだけれど。
　それでも、話してもらえないことがある。
　それが何かを尋ねたくて、けれど今の幸せを壊したくはなくて。
　時子は、薬品の匂いが染みついた五十嵐の背中に、顔を埋めた。
（このまま、平穏な日々が続けばいいんですけど……）
　胸を引っ掻くような、嫌な予感。
　その日の夜、時子は鳥の姿に変じて『アーク』の本拠地内を密かに飛び回った。
　そして時子は、今は人気のない研究室である物を見つけてしまう。
（これは……）
　それは、五十嵐のサインが残された、彼女の知らない『ある研究』のレポートだった。

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