【星降る農場物語】

　翌日のこと。第一階層、サジタリオ城下町の一角に店を構える、武器屋付きよろず屋『ねこよろず』にて。
「「「かんぱーーーい！！」」」
　本日は、報告会……という名の打ち上げが行われ、ずらりと並んだ料理の前にはスタッフの面々が顔を揃え、互いの作業を報告し合いました。
　その中にはもちろん、畑で大いに活躍してくれた獣人の双子の姿もあって、
「アニさん、オトさん……昨日は、手伝ってくれてありがとう」
「おかげで、作物が育つのが、今から楽しみだね」
　いつもスタッフとして一生懸命に働いてくれるふたりの目の前へ、遠野 まほろと恵御納 夏朝は、こと、ことんとジュースの入ったカップを置きながら言いました。ふたりは気にすることない、これも仕事だからと笑って言ったものの、お礼を言って美味しそうにジュースを飲んでくれました。
　３つの畑と加工場の片付け、それぞれに分担しての作業はスムーズに進み、作物はきっと順調に育って、今後はねこよろずの商品にも彩を加えてくれることでしょう……と言いつつも、
「まだまだ、これからが本番なのですよ！　毎日の水やりにもコツがいりますし、ある程度育ったら、間引くことも考えなきゃいけないですし。良い株に栄養を集中するのです！」
　椿 美咲紀は特に、星幽塔での園芸ライフに燃えています。土のスペシャリストたるモグラ妖精たちが面倒を見てくれるとはいえ、彼女自身もちょくちょく畑を覗きに行って、カンペキな畑を目指すのだと語ります。一緒に作業をしたまほろも、植えた作物たちには今や思い入れたっぷり、美咲紀と同じくまめに様子を見に行くつもりです。
「溶岩洞と氷結谷は、大変な環境だったみたいだね……常闇さんと八神君も、お疲れさま」
「ありがとうございます。でも、その甲斐はあったように思いますよ」
　溶岩洞で大立ち回りを演じた常闇 月ですけれど、その表情はけろりとしたものです。彼女や仲間たちの活躍もあって、魔物は無事に撃退……おまけに熱に強い魔物の素材も手に入って、こちらも商品拡充に期待できるかもしれません。
「もちろん俺のほうも、成果は上々だ」
　自信たっぷり、八神 修も氷結谷の畑の仕上がり具合には満足です。彼は作物をただ植えるだけでなく、畑を囲むように風雪除けの小さな樹を植えたりもしていて、その気遣いと仕事ぶりは万全でありました。
「育てばねこよろずのラインナップも増えるし、上の階層でもきっと役に立つだろう……、っくしゅん！！」
「あれ？　シュー君、風邪ですか？」
「まぁ、あの寒さの中で作業していたからな……しかし他のみんなは何ともなかったようだし、俺だけ風邪っぴきというのも情けな、っくしゅん！！」
　とまぁ、彼らはこの後も打ち上げを、和気あいあいと楽しんだものの。修は直後に熱を出して寝込んでしまい、みんなに代わる代わる看病してもらう羽目になってしまったのでした。



　同じころ、第三階層、妖精杜の畑にて。

「……こんなものかしら」
　さらさらと紙に何かを書きつけて、大天使 天吏は畑を見回し、ほう、と息をひとつ吐きました。
　畑のあちこちでは、さっそくモグラ妖精たちがせっせと作物たちのお世話をしていて、冒険者たちの留守を預かろうと張り切っています。
「お、できたかい？」
「ええ。全て書き留めておいたわ」
　天神平 庵がやってきて、天吏の手元をひょいっ、覗きこみます。

　
　
　★妖精杜の畑
　　○星型の薬草
　　　煎じて飲むと高い治癒効果を発揮。第三階層に生える薬草は、いずれも強力なポーションの材料になる。
　　○三日月型の薬草
　　　鎮静作用があり、精神力を回復し心を落ち着かせてくれる効果がある薬草。
　　○稲妻型の薬草
　　　非常に強い覚醒作用があり、どんなに強力な眠気に苛まれていても、シャッキリと目を覚まさせて
　　　くれる薬草。
　　○雲型の薬草
　　　複数の毒素に対し、高い解毒作用を発揮する薬草。
　　○ドラゴンキャベツ
　　　まるで竜の肉のようだ、と称されるほど分厚くジューシーな葉肉が特徴の巨大キャベツ。
　　○星の牧草
　　　星の力を帯びた牧草。良質な飼い葉の材料になる。イネ科は馬力やスタミナを、マメ科は瞬発力や
　　　スピードを成長させるのに効果的。
　　○レインボーベリー
　　　様々な果物の触感や味、特徴を合わせ持つ、奇跡の果実。非常に美味であり、別の階層では高値で
　　　取引されている。

　★溶岩洞の畑
　　○核熱トマト
　　　食べると一時的に物理攻撃力をアップさせてくれるトマト。料理法により効果は増減するようだ。
　　○金剛オレンジ
　　　食べると一時的に物理防御力をアップさせてくれるオレンジ。痛みを和らげてくれる効果もある。
　　○日輪の花
　　　美しく咲く金色の花。そのまま摂取しても効果はないが、ポーションとして調合し服用すると、
　　　自然治癒力を高めることができる。
　　○炸裂イモ
　　　衝撃で小さな爆発を起こす芋。導火線を刺せば簡易手榴弾にもなる。甘味が強く食べても非常に
　　　美味だが、調理には注意が必要。
　　○エリクシルハーブ
　　　疲れ、衰弱、各種毒素などに幅広く効果を発揮する、万能薬の原料となるハーブ。
　　○鷹の胡椒
　　　非常に鋭い刺激分を含む胡椒。摂取すると神経が研ぎ澄まされ、一時的に静的視力、動体視力ともに
　　　大きく強化することができる。
　　○足軽小麦
　　　第六階層の雲海にて自生するたくましい小麦。食べるとごく短時間ながら脚力が強化され、
　　　ジャンプ力を大きく向上させることができる。
　　○焦熱小麦
　　　食べると燃えるようにパワーが漲り、一時的に星の力を用いた攻撃の威力を高める効果がある。
　　○テルミツ唐辛子
　　　強烈な激辛成分を含む唐辛子。含まれる油分は、火にさらされると非常に激しく燃え上がるため、
　　　扱いには注意が必要。

　★氷結谷の畑
　　○サファイア・リリー
　　　水晶のように透き通る美しい花。星の力を回復する薬の材料になるほか、観賞用としても
　　　珍重されている。
　　○モグラダイヤ
　　　椿に似た常緑の低木に咲く花。カットダイヤに似た実をつけ、特にモグラが好んでこれを
　　　食べることから名づけられた。
　　○アンテナアスパラ
　　　一見普通のアスパラだが、穂先を弾くと淡いエメラルド色に発光し、同じ親茎から生えたもの同士で
　　　光が伝播していく性質を持つ。簡単な連絡手段として使うことができる。
　　○シュガーメロン
　　　しっとりとした氷砂糖のような食感と甘さのメロン。強力な美容効果があるとの噂で、
　　　各階層の富裕層の女性に好まれる。
　　○マッスルバニラ
　　　筋肉質な人間がポーズをつけているような形をした蔓性植物。顔に当たる部位には甘く香る花をつけ、
　　　胴部を絞ると良質な油分が抽出でき、美肌効果がある。
　　○ホットカカオ
　　　焼くと良い香りを放つカカオの実。適量な摂取は、鎮静作用があり心が落ち着くが、
　　　過剰に摂取すると、服を着ていられないほど身体が火照ってしまう。

　※天吏注
　　井戸から農場へ水路を整備し水を引くことで、作業の効率化が図れると思われる。



「書き出してみると、これはなかなかに壮観だねえ」
　天吏が作ったのは、仲間たちの植えた作物とその効能、お世話する際の注意点などをひとまとめにした、詳細なリストでした。彼女にとっては、小屋の品物の諸々を記録として残しておく作業の、そのついでといったところです。けれどもちろん、その書き込みように手抜かりはなく、実に分かりやすくて、庵の言葉にも感嘆の響きがにじんでいます。
「まぁ、何だね。こっちの世界じゃあ、回復魔法が便利すぎて、薬にできることはちょっと限られちゃうかもしれないけどね……そこは、寝子島の神農たるあたしだ。この作物たちが育った暁には、あっと驚く薬を作ってやろうじゃないか」
「ええ。楽しみにしていてあげる」
　やる気に満ちた庵に、天吏はそっけなく返すも。彼女の胸はこのところ、この星幽塔での大冒険に高鳴り、わくわくとしてしまうことも多いのです。加工場で便利なポーションの類を作ることができれば、この先の階層を行く過程もきっと楽になり、より旅を楽しむ余裕も生まれることでしょう。
「そのためにも、僕らもますます頑張らなくてはね」
「おー！　留守の間は、オイラたちに任せときなよ！」
　そう言ってくれる、リアとモグラ妖精たちの言葉も頼もしく、冒険に出ている間も、畑を安心して任せることができました。
　静かな、緩やかな風が、彼らの間を吹き抜けていきます。庵と天吏は、やがて目の前に瑞々しい緑、色鮮やかな花があふれるその時を脳裏へと思い浮かべて、何とも良い気分で、しばらく畑を眺めていました。