２月の★ハッピーバースデー｜リアクション

２月の★ハッピーバースデー

(此の地に降臨し給えし今日、……ええと)
　終業を迎えた教室で、クラスメイトの伊橋陽毬とその親友が交わしていた会話を耳に挟み、御剣刀は陽毬の親友の難解で独特な言い回しを咄嗟に翻訳する。
(誕生日か)
　日頃から言葉を交わしているうち、彼女の大抵の言葉は現代語訳出来るようになっている。
　親友と楽し気に話す陽毬の笑顔をちらりと見遣り、刀は帰り支度を整えながら考える。
　彼女には、フツウの日常でもフツウでない日常でも、その両方で世話になっている。
(仲間だ)
　だから誕生日のお祝いくらいはしたい。
　少なくとも、刀は陽毬に対してそう思っている。
(まあ、……)
　学生の身で出来るのは、喫茶店でお茶してプレゼント贈るくらいが精いっぱいではあるけれど。
　となれば、早速考えなくてはならないのは、
(プレゼントは何にしよう)
　親友と話し込む陽毬を盗み見ながら、刀は眉間に皺を刻む。
　聞いてしまうのが一番早いとは思う。けれど今までの経験上、それをすると大抵ダメ出しを食らう。
(自分で考えるしかないんだけど、)
　彼女の趣味は知っている。その趣味にかける情熱もよく知っている。であれば、
(あいつ自分の趣味の物は速攻で揃えてそう……)
　それはきっと間違いない。バレンタインの日に大切なふたりと冬のチューリップを見に行ったときも、陽毬はコスプレ衣装購入費用を稼ぐために会場でバイトに勤しんでいた。
(……ミレーラのドレス？　だっけ？)
　――もう、着るしかないじゃない！
　嬉しい悲鳴、というのはああいうのを言うのだろう。
(よし)　
　それをプレゼントにしようと決めて、刀は陽毬に近づいた。
「なあ、伊橋」
　親友との会話がひと段落したところを狙い、聞き込みに入る。
「あの時お金必要みたいな事言ってたけど、」
「あの時？」
「バレンタインデーの時」
　ああ、と陽毬は頷いた。
「どういうのが必要なんだ？」
「ええと、ね」
　栗色の髪を揺らし、陽毬は控えめに首を傾げる。
「素材は揃えたよ。後は自作するだけ！」
　短い言葉のうちに溢れんばかりの情熱をこめて拳をつくる陽毬に頷き返し、刀は続けて本題に取り掛かる。
「まだ買えてないのあるのか？」
「あとは、……ミレーラがあの場面で持つ蒼い薔薇の花束くらい……？」
　考え考え言って、陽毬はふと刀を見た。
「それがどうかした？」
「ああ、いや、そうか、わかった」
「え？」
　何でもないと手を振り、刀は陽毬の傍を離れる。教室から出て行きかけて、慌てて付け加える。できるなら、当日に祝いたい。
「後でミルクホールに来てくれ」

　夕暮れの街を駆けて、刀が目指すはキャットロード。目当ての店を探しながら、刀は陽毬の親友が常連客な旧市街の喫茶店『ミルクホール』に予約の電話を入れる。席の確保と、
(お茶とケーキ、でいいよな)
　前もっての用意を頼み、お祝いの準備を調える。
　古書店に玩具屋、手芸店にメイド喫茶、パワーストーン専門店に探偵事務所、多種多様な店が建ち並ぶ通りを見回し、選んで入ったのはメイド喫茶の傍の衣装屋。
　舞台衣装からコスプレ衣装、果てはウェディングドレスまでがマネキンを飾りハンガーに架かり、壁を埋め尽すその店の一角、鮮やかに青い薔薇の造花の束を見つけ、良かった見つけた、と安堵したのも束の間、
(……高いな！)
　値札を見た途端、刀は固まった。
(なるほど、バイトしたり自作したりするわけだ……)
　見回してみれば、他のどの衣装も値段が張る。一式揃えるとなれば、かなりの額が掛かる。
　財布の中身をこっそり確かめ、刀は嘆息する。正直、きつい。
(だが)　
　ここで引いてしまえば負けた気がする。負けず嫌いの刀にとってそれはとても腹立たしいこと。
　覚悟を決め、本物とも見紛うばかりの造花の花束を手にする。
「これください！」
　大枚をはたいた花束を抱え、刀はミルクホールへと向かう。喫茶店に着いたら、ケーキとお茶と花束を置いて陽毬を待とう。そうして晴れやかな笑顔で言おう。
　――伊橋、誕生日おめでとう