２月の★ハッピーバースデー｜リアクション

２月の★ハッピーバースデー

　インターホンの音に呼びだされ、マンションの扉を開く。
　待ち受けていたのは山積みにされた幾つもの箱だった。
「毎度ありがとうございます、久須部紀伸さま」
　顔が隠れるほど大量の箱を荷台に載せて運んできた配達員の帽子が影から覗く。
「ご苦労さまです」
　午前中にも顔を合わせた配達員を労い、何枚もの受け取り伝票にサインする。
　伝票の配達日指定欄に書かれた『2月22日』の文字に、思わずちらりと苦笑が漏れた。
(もう祝わなくても良いと思ったりするのですが……)
　零れた笑みを取り繕いつつ、配達員を帰して扉を閉める。
　踵を返せば、ここ数日の間に届いた宅配便の箱によって半ば埋められた玄関と廊下が視界を覆った。
(仕事もひと段落しましたし)
　楕円眼鏡の奥の薄墨色した瞳を穏やかに細め、ホラー系イラストレーター『KISHIN』は腕まくりをする。折角の誕生日、折角のファンや仕事先からの誕生日プレゼント。
　積み上げられた箱の手近な一つめから開いてみる。
　猫柄のクッションにペンを猫が掲げ持つ格好のペン立て、猫の足跡が刺繍された膝掛け。毎年のように一番多く届くのは、猫のグッズ。
(にゃん、にゃんにゃん、ですね)
　二月二十二日は『猫の日実行委員会』が数十年前に制定した『猫の日』。それに因んでか、猫の日が制定されるよりも前に生まれた紀伸の誕生日にも猫グッズが多く贈られてくる。
(実用品が多いのは有り難い限りです)
　眠たそうにも見える瞳を柔らかく細め、次の箱を開封する。丁寧な梱包を解けば、出てきたのは真紅の提灯を掲げて踊る化け猫のフィギュア。
(おや)
　以前雑誌の企画でデザインしたものの、商品化はしていなかったはずの品にちらりと首を傾げて後、
「おぉ……」
　紀伸は感激に目を瞠る。愛さえ感じられるほど精緻に作り込まれたこれは、どうやらファンの手作りらしい。後で棚に飾ろうと決めて、次の包みを開けば、出て来たのは猫耳のカチューシャ。
　ふわっふわの猫耳を指先に弄びながら、紀伸は果たしてこれが悪ふざけなのか本気なのか、真剣に悩む。
　『KISHIN』は取り立てて顔を隠してはいない。雑誌の対談企画で顔を紙面に出したこともある。
(おじさんだと判ってるでしょうに)
　けれど紀伸は知っている。
　世の中にはそういう需要もある。
(不思議なものですね……)
　折角の頂きものを無碍にするのも気が引けたこともあり、一人暮らしであることもあり、紀伸はちょっぴり困惑しつつも猫耳カチューシャをなんとなく頭に被る。
　次の包みに手を伸ばした途端、その手の上にふわり、白梅の花びらが降った。次いでぽとり、白梅の枝。
(怪現象！)
　すわ、と瞳を輝かせ腰を浮かせて、すぐに気付いた。
　見上げた視線の先、何もない天井に向けて紀伸は微笑む。
「貴方も祝ってくれるのですね」
　ひなたさん、と虚空に呼びかければ、柔らかな掌が腕に触れた気がした。己に憑りついた幽霊少女は、時折こうして優しい悪戯を仕掛けて来る。
「どうもありがとうございます」
　姿は見えぬまでも確かな優しさを感じて、紀伸は心からの礼を口にする。
「お手伝いさんが用意してくれたケーキがありますから、後で一緒に頂きましょう。お供えしますよ」
　白梅の枝を手にして微笑む。仄かな春の香に知らず眼尻に皺を刻む。
　四十路を過ぎて、誕生日などもう祝わなくても良いと思ってしまいはするものの、縁を得た人々から祝って貰えるのはやはり嬉しかった。それと同時、
(支えられている)
　たくさんの誕生日プレゼントに囲まれる中、紀伸は実感を新たにする。
(この気持ちを忘れずにいたいものですね)
　――当年取って四十三歳のイラストレーター『KISHIN』が、頭に着けたままの猫耳カチューシャに気付いて頬を赤らめるのは、もう少しだけ後のこと。

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