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- 学年：職業
- 00月00日生 00歳
- AAA000000
寝子島の橋の下
濡れた枯れススキの根元に顔を出す菜花の新芽に向け、椿 美咲紀はデジタルカメラのシャッターを切る。
雨上がりの町は、いつもよりも空気が冷たい。そんな空気の中でも、草花は健気に冷たい土の中から顔を出し、空に向かって伸びて行く。
艶やかな黒髪をポニーテールに結い上げた頭に、ススキの穂から垂れた雨粒が叩く。髪に跳ねて耳朶に触れた水滴の冷たさに、美咲紀は驚いて黒い目を丸くした。耳に触れ、頭に触れ、くすりと小さく笑みを零す。
手にしたデジカメを空に向け、雨上がりの夕暮れと枯れススキを切り取る。
デジカメ片手に寝子島高校を出て、桜川の橋近くで雨に見舞われて少し雨宿りはしたものの、雨上がりの虹に誘われるようにまた歩き出して、猫又川の堤防沿いに随分と下ってきた。顔を上げれば、濃紺が勝ち始める夕空を白く照らして、寝子電スタジアムの煌々とした灯りが見える。
スタジアムの光に押し上げられた夕空にカメラを向ける。
お出かけの理由としては、寝子高新聞部員として記事のネタになりそうなものを探していることが半分、もう半分は道々の色々な場所に咲く花を眺めつつ写真に収めたいということが半分。
花を見れば、季節の移り変わりが判る。
吹き寄せる北風がどれだけ冷たくても、花たちはその中に混ざる春の気配を読み取り、土の底から芽を伸ばす。陽射しに春を感じ取って蕾をつける。
水のせせらぎを傍らに春を探す。
「……あ」
頬に触れる風の冷たさに首をすくめ瞳をしかめて、けれど瞬きの次、少し先の堤防に鮮やかに明るい空色を見つけた。背の低い草に混ざり、寄り添い合うように小さな花を咲かせる――
「オオイヌノフグリなのです」
花の名を小さく口にしながら、花の傍らに膝をつく。近づく夜に小さな花びらを生真面目に閉ざそうとしつつある可憐な花群にデジカメを近づけ、シャッターを切る。
瑠璃色の花の可愛さに思わず頬が緩んだ。
(『星の瞳』)
花の別名の方が、この花の綺麗な青には似合う気がする。
(春が少しずつ近づいてきてますね～)
ささやかに、けれど力強く咲く『星の瞳』に微笑みかけ、視線を伸ばす。向こうには若緑も美しい菜の花、春の陽のように朗らかな黄色い花が咲くのはもう少し後だろう。
小さな橋の袂には寒さにも負けじと濃緑の艶やかな葉を伸ばしてスノードロップの花も咲いている。
(こんな所に咲いているなんて珍しいのです)
可憐で可愛い白い花は、花壇で見かける方が多い。もしかしたら誰かが悪戯して球根を植えたのだろうか。
堤防に咲く春の花々に誘われ、橋の近くを歩いていて、美咲紀はふと足を止めた。結い上げた黒髪を揺らし、耳を澄ませるように首を傾げる。
空を渡る北風の音に、橋を渡る車の音に混ざり、
――にゃあ
猫の鳴き声がしている。
母を探すような差し伸べる手を乞うような、鳴き声というよりも泣き声に近いか細い声に、美咲紀は慌てて周囲を見回した。
「っ、」
橋の下、草と泥に塗れて汚れた白猫が蹲っているのを見つけるなり、美咲紀は踵を返して堤防をほとんど滑り降りた。猫から少し離れた位置で足を緩め、様子を窺う。
咄嗟に駆け寄ったせいで驚いただろうに、猫はその場から逃げようともしない。しばらく黙して後、悲鳴のように鳴くばかり。
両掌に掬い上げて少し余るだけに見える小さな体が震えている。そっと近づきつつ、鞄を探る。鞄のポケットに、確か猫用のカリカリオヤツが入っていた。
取り出したオヤツを掌に載せ、猫に差し出す。そうっとそうっと、猫の鼻先の地面に置く。警戒も見せずに食べ始めたところを見ると、相当お腹を空かせていたか、元より人懐っこい仔なのか。
(……何だか弱っている感じ)
ものを口にする力だけが残っている様子の猫を見つめているうち、そのままにしておけなくなってしまった。
このまま置いて帰れば、
(このコ死んじゃう)
そんな気がした。
「ねえ」
オヤツのおかわりを掌に載せて差し出す。地面に置くのを待ちかねたように、猫は鼻先を美咲紀の掌に突っ込んだ。カリカリと音たててオヤツを食べ、ざらざらの舌で丁寧に美咲紀の手を舐める。
温かな体温を感じてしまうと、もうだめだった。
「ウチに来るですか？ ウチの子になりますか？」
思わず口にした言葉を聞き分けたように、にゃう、と猫は笑った。
(この子、拾って帰ろう！)
両手を差し伸べれば抵抗もなく抱かれ、猫は美咲紀の胸に頭を擦りつける。今は草と泥で汚れているけれど、温かなタオルで拭いてやれば、きっと真白に綺麗な毛並みになる。
「……スノウ」
名前は容易く決まった。
(お医者さん連れて行かなきゃ)
今飼っているハムスターたちが世話になっている動物病院までの最短距離の地図を頭に描きながら、美咲紀は夕暮れの堤防を歩き始めた。
雨上がりの町は、いつもよりも空気が冷たい。そんな空気の中でも、草花は健気に冷たい土の中から顔を出し、空に向かって伸びて行く。
艶やかな黒髪をポニーテールに結い上げた頭に、ススキの穂から垂れた雨粒が叩く。髪に跳ねて耳朶に触れた水滴の冷たさに、美咲紀は驚いて黒い目を丸くした。耳に触れ、頭に触れ、くすりと小さく笑みを零す。
手にしたデジカメを空に向け、雨上がりの夕暮れと枯れススキを切り取る。
デジカメ片手に寝子島高校を出て、桜川の橋近くで雨に見舞われて少し雨宿りはしたものの、雨上がりの虹に誘われるようにまた歩き出して、猫又川の堤防沿いに随分と下ってきた。顔を上げれば、濃紺が勝ち始める夕空を白く照らして、寝子電スタジアムの煌々とした灯りが見える。
スタジアムの光に押し上げられた夕空にカメラを向ける。
お出かけの理由としては、寝子高新聞部員として記事のネタになりそうなものを探していることが半分、もう半分は道々の色々な場所に咲く花を眺めつつ写真に収めたいということが半分。
花を見れば、季節の移り変わりが判る。
吹き寄せる北風がどれだけ冷たくても、花たちはその中に混ざる春の気配を読み取り、土の底から芽を伸ばす。陽射しに春を感じ取って蕾をつける。
水のせせらぎを傍らに春を探す。
「……あ」
頬に触れる風の冷たさに首をすくめ瞳をしかめて、けれど瞬きの次、少し先の堤防に鮮やかに明るい空色を見つけた。背の低い草に混ざり、寄り添い合うように小さな花を咲かせる――
「オオイヌノフグリなのです」
花の名を小さく口にしながら、花の傍らに膝をつく。近づく夜に小さな花びらを生真面目に閉ざそうとしつつある可憐な花群にデジカメを近づけ、シャッターを切る。
瑠璃色の花の可愛さに思わず頬が緩んだ。
(『星の瞳』)
花の別名の方が、この花の綺麗な青には似合う気がする。
(春が少しずつ近づいてきてますね～)
ささやかに、けれど力強く咲く『星の瞳』に微笑みかけ、視線を伸ばす。向こうには若緑も美しい菜の花、春の陽のように朗らかな黄色い花が咲くのはもう少し後だろう。
小さな橋の袂には寒さにも負けじと濃緑の艶やかな葉を伸ばしてスノードロップの花も咲いている。
(こんな所に咲いているなんて珍しいのです)
可憐で可愛い白い花は、花壇で見かける方が多い。もしかしたら誰かが悪戯して球根を植えたのだろうか。
堤防に咲く春の花々に誘われ、橋の近くを歩いていて、美咲紀はふと足を止めた。結い上げた黒髪を揺らし、耳を澄ませるように首を傾げる。
空を渡る北風の音に、橋を渡る車の音に混ざり、
――にゃあ
猫の鳴き声がしている。
母を探すような差し伸べる手を乞うような、鳴き声というよりも泣き声に近いか細い声に、美咲紀は慌てて周囲を見回した。
「っ、」
橋の下、草と泥に塗れて汚れた白猫が蹲っているのを見つけるなり、美咲紀は踵を返して堤防をほとんど滑り降りた。猫から少し離れた位置で足を緩め、様子を窺う。
咄嗟に駆け寄ったせいで驚いただろうに、猫はその場から逃げようともしない。しばらく黙して後、悲鳴のように鳴くばかり。
両掌に掬い上げて少し余るだけに見える小さな体が震えている。そっと近づきつつ、鞄を探る。鞄のポケットに、確か猫用のカリカリオヤツが入っていた。
取り出したオヤツを掌に載せ、猫に差し出す。そうっとそうっと、猫の鼻先の地面に置く。警戒も見せずに食べ始めたところを見ると、相当お腹を空かせていたか、元より人懐っこい仔なのか。
(……何だか弱っている感じ)
ものを口にする力だけが残っている様子の猫を見つめているうち、そのままにしておけなくなってしまった。
このまま置いて帰れば、
(このコ死んじゃう)
そんな気がした。
「ねえ」
オヤツのおかわりを掌に載せて差し出す。地面に置くのを待ちかねたように、猫は鼻先を美咲紀の掌に突っ込んだ。カリカリと音たててオヤツを食べ、ざらざらの舌で丁寧に美咲紀の手を舐める。
温かな体温を感じてしまうと、もうだめだった。
「ウチに来るですか？ ウチの子になりますか？」
思わず口にした言葉を聞き分けたように、にゃう、と猫は笑った。
(この子、拾って帰ろう！)
両手を差し伸べれば抵抗もなく抱かれ、猫は美咲紀の胸に頭を擦りつける。今は草と泥で汚れているけれど、温かなタオルで拭いてやれば、きっと真白に綺麗な毛並みになる。
「……スノウ」
名前は容易く決まった。
(お医者さん連れて行かなきゃ)
今飼っているハムスターたちが世話になっている動物病院までの最短距離の地図を頭に描きながら、美咲紀は夕暮れの堤防を歩き始めた。
シナリオ
シナリオデータ
シナリオスケジュール
- シナリオガイド公開日
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- 2016年09月29日
- 参加申し込みの期限
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- 2016年10月06日 11時00分
- アクション投稿の期限
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- 2016年10月06日 11時00分
