モノクロームと老婦人｜リアクション

モノクロームと老婦人

紙飛行機に夢を乗せて

▼クレヨンと紙飛行機

　お部屋で懐かしい荷物の整理をしていた常盤四月は、突然切り分けられた世界に驚いて、思わずクロゼットにぶつけてしまった頭をさすりながら、辺りをキョロキョロ見回した。
「び、びっくりしたけど、これは貴重な経験だよね？　楽しまなきゃ！」
　偶然手にしていた、子供の頃に使っていたクレヨンは、四月と共に色を残したままだ。
　四月が、四歳の時に誕生日のプレゼントとしてもらったものだ。
　捨てられなくて、寮に越す時、持ってきていた。

「そうだ、寝子電で旧市街に行って、落書きしちゃおっと。
　白黒もいいけど、やっぱ色が溢れてた方が楽しいよね」

　画材を抱えて桜花寮を出た四月も、シーサイドタウン駅へ向かった。

　いつもなら駅員さんが監視に立っている、自動改札も今は無人だ。
　どきどきしながら通り抜ければ、止められる事もなく、すんなりと通してくれる。
　誰もいないホームに、定刻どおりに電車がやって来る。
「わー、快適ー！　誰も見て無いし、ごろんと横になっちゃおうかな～」
　発車の音楽が鳴ると、ドアがプシィーと閉まって、ゆっくりと電車が動き出す。
　心地よい空調も、広々とした座席も、今、四月のためだけに存在する。
　ともすれば寂しく見える、心象風景のような世界が、漫画家として頑張る四月の疲れを癒してくれる。
「はぁー……贅沢～。あ、こうしちゃいられない。描かなきゃ！」
　四月が真っ白なスケッチブックを、膝の上で広げた。

　こうして何も描かれていない紙と向き直ると、思い出すなあ。

　子供の頃は、お絵かきがただただ楽しくて。
　漫画を描き始めたのは、編集者のパパの影響。

　寝子高に来たのは、ママがデザイナーとして第一線で活躍していた頃の、泉センセに憧れてたのもあるけど。
　基礎から絵の勉強をしたかったから。

　パパもママも、私の夢を応援してくれる。
　でも、時々不安になる。
　漫画家は収入が不安定。
　打ち切りだって何本も経験してる。
　その度心が折れて泣いて……。

　――あたし、ちゃんとやっていけるかな？

　ふと窓から外を見やれば、幽かに海が見え。
　電車と追いかけっこしていた、カナリアがモノクロームの世界に流れていった。

「……あれ、今の？」
　身を乗り出すが、すでに鳥は見えない。

　目の錯覚かな？　と、きょとんとしたが、四月は再び自分の心と向き合った。

　弱気になっちゃダメ！
　漫画家は子供の頃からの夢。
　それが叶ったんだから、前に進むのみ。

　真っ白な画用紙に、鮮やかな色彩を塗りこんで。
　スケッチブックから切り離して折れば、シンプルな紙飛行機が完成する。

「よし！」
　そうして電車の窓を開けようと手をかけるが、細腕にはかなり重い。
（うー……！）
　ここで四月、ちょっと人には言えない耽美な妄想を、脳内で繰り広げる。

　と、四月に応えるように、同じ顔、同じ声、同じ姿の少女がもう一人。
　自分の好きな所も、嫌いなところも、そっくり共有する彼女。
　彼女と力を合わせて、四月は電車の窓を開け放つ。
「「せーの！」」
　二人で一つの声と共に。
　風が、車内いっぱいに広がる。
　四月の頬を髪を、潮風が撫でる。キュロットスカートの裾が風を孕んで、膨らんだ。

「さあ、飛んでけ！」
　四月の手を離れ、白黒の空を颯爽と横切っていく、極彩色の紙飛行機。
　見えなくなるまで見送ってから、四月は彼女に言う。
「ねえ、合作しない？　街を色で埋め尽くすの」

　屋根に、看板に。クレヨンで青空
　木造駅の駅舎の壁には、一面のファンシーなひまわり畑。

　小さな子供がするように、人目を気にする事無く、ぺったりとキャンバスに張り付いて、休む事無く手を動かす。
　まるで世界を創造するように。

「白黒もいいけど、やっぱ色が溢れてた方が楽しいね」
　四月か、それとも隣の彼女かが、同じ言葉をトレースした。

　紙飛行機は、今頃どこを飛んでいるだろうか。