鬼のいる日常｜リアクション

鬼のいる日常

【生命に対する向き合い方】

　御剣刀が猫又川にやってきたときには、先客がいた。
　それはチリチリパーマの謎の男だった。
（えっ！？）
　そこで、刀は目を見開いた。
　その先客の頭から、ちょこんと白い角が見えたからだ。
（……鬼ッ！？）
　そういえば、最近、島に鬼のコスプレをした連中が闊歩していると噂になっていた。
（……もし、あいつが俺達のフツウを壊そうとする存在なら――）
　刀は無意識に全身の筋肉を緊張させて、臨戦態勢に入っている。
　しかし、
「え……？」
　そのとき、おもむろにその男――緑鬼が川に向かって釣竿を振るうのを見て、刀は一気にその緊張を解いた。
（……なんだ、ただ釣りをしていただけか）
　ほっと息を吐いてから、刀はいつのまにかじっとりと汗ばんでいる自分の手に気づいてハッとした。
（……無意識に、そんなに緊張していたのか）
　気を取り直して、刀も川沿いに立つ。
「隣、いいですか？」
「……ああ」
　許可を得たところで、刀も、緑鬼の隣で釣りの支度を始めた。
「釣れますか？　いえ、俺、今日の晩飯を釣りに来たんで、どんなのが釣れるのか気になって」
　糸を垂らしつつ、刀は緑鬼にそう訊いてみた。
「……晩飯？」
　と、緑鬼は刀を二度見するようにして言った。
「……そうか。釣りにはそういう楽しみ方もあるんだな」
　しみじみ言いながら、緑鬼がアタリのきた竿を一気に引き上げて、一匹の魚を釣り上げた。
（……やるな）
　涎が出そうな顔で、刀はその釣りたての魚を見ていた。
　しかし、緑鬼はそれをあっさりと川に放してしまった。
「え……。いいんですか？」
「ああ。俺は釣ることが目的で、魚を手に入れることが目的じゃない」
「へぇ」
「……いや、別に君が魚を食うことについてとやかく言うつもりはないんだが」
「そう言って貰えると有難いです。まあ、俺は誰に何と言われようと今日釣った魚は食いますけど」
　言いながら、刀もまたアタリを感じた竿を一気に引く。
「釣った魚を食べる、逃がす、そういう自然への接し方は人それぞれだと思うんです。大事なのは、周りに何を言われようと、自分が納得できるかどうかだと思うんです。だから、俺は今日釣った魚は食います。塩焼きです」
　いつのまにか、刀の頭は今晩のおかずで一杯になっていた。
「……ふむ。君は若いのにしっかりした考えを持っているんだな」
「いや、そんな大したもんじゃないんですけど……」
　苦笑しつつ、刀はさらにもう一匹魚を吊り上げる。
　それからは、二人は黙々と釣りを続けた。
　やがて、刀はビクが一杯になったのを確認し、釣りを切り上げることにした。
「……ちょっと釣り過ぎたかな。よかったら、少し貰ってくれませんか？」
「いや、実は俺は菜食主義なんだ」
「え……？」
「……君が釣った魚だ。できるなら、君の手でちゃんと食べてやってほしい」
「……わかりました。それじゃあ、また」

　そうして、刀は緑鬼と笑顔で握手し、その場を離れた。