鬼のいる日常｜リアクション

鬼のいる日常

【究極のカレーとは？】

　その後、黄鬼は――。

「ここどこ！？」

　道に迷っていた。

「……ん？　この匂いは……カレー？」
　そのとき、黄鬼は動物的本能に導かれるように、フラフラとその匂いの方へと歩いていった。

　　　＊　＊　＊

　寝子高の家庭科室は、香ばしいスパイスの匂いで満ちていた。
　家庭科室の各テーブルには、たくさんのカレーが並んでいた。
　そんなたくさんのカレーの中でも、一際異彩を放っていたのが、鬼河内巌＆鬼河内萌兄妹が創り上げたカレーだった。
「いよし！　完成じゃあ！」
「やったね、お兄ちゃん！　って、あれ？　なんだか、あんなところに鬼っぽい人が……」
　ふと視線を感じて萌が扉の方を見ると、そこにはさっと身を隠したが、白い角を隠しきれていない黄鬼の姿があった。
「……イエローくん？」
「……っ！？」
　萌が訊ねると、黄鬼は『どうしてバレたの？』と言いたげな顔で萌を見た。
「……む？　なんじゃ、そいつは……ハッ、もしやワレが噂のイエローか！？」
　と、巌も、その存在に気づいた。
「え、その……」
　黄鬼は慌てふためいた。
　そんな黄鬼に、萌は笑って言った。
「キミもカレー食べたいの？　じゃあ、一緒に食べようよ。そういえばキミ、本名は何？　あと何組？」
「え、１０組で、名前は、渡辺家郎（わたなべいえろう）だけど」
「わお！　そのまんまじゃん！」
　萌はすっかり馴染の友人のように黄鬼と談笑していた。
　彼女の信条は『カレー好きに悪い人はいない（鬼も含む）』だった。
　カレーが好きなら、彼女と黄鬼はもう友達なのであった。

　　　＊　＊　＊

　鬼河内巌は、しげしげとイエローの少し変わった外見を観察していた。
（寝子高生は変わっとる奴が多いが、こいつは特に変わっとるなあ……）
　と、巌が黄鬼を見ていると、何故か黄鬼も同じような目で巌を見ていた。
「お兄ちゃん、イエローくんにもカレーあげていいよね？」
「む？　ワレもカレーが好きなんか？」
　巌の信条もまた『カレー好きに悪い人はいない』だった。
（……カレー好きなら悪いやつではなかろう）
「ほれ」
　と、巌がカレーを渡してやると、イエローは目を輝かせた。
「ありがとう！」
　言うが早いか、イエローは凄まじい勢いでカレーを食べ始めた。
（む……、こやつできる……！）
　その食べっぷりに、巌の闘志に火が吐いた。
「同じカレー好きとして、負けておれん。イエローとやら、今ここでお前に大食い勝負を申し込む！」
「ほほむほほろは（望むところだ）！」
　イエローは食べながらその挑戦に受けて立った。
「お兄ちゃん！　準備は出来てるよ！」
　と、すでに萌は兄のカレーを用意していた。
「うむ、さすがわいの妹じゃ！」
　巌は萌からカレーを受け取り、そのまま凄まじい勢いでそれを食し始めた。
『おおっ！！』
　と、二人の食いっぷりに家庭科室がどよめく。
　しかし、巌とイエローはそのようなギャラリーには目もくれずにひたすらカレーを食べ続ける。
「「ほはわり（おかわり）！！」」
「はい！」
　と、二人がほぼ同時に皿を開けた瞬間には、次の皿を用意した萌が待ち受けている。
　そうして、二人の戦いは長きに渡り――、

「……ぐふっ。ワレの勝ちじゃぁ……」

　十皿目（！）を完食したところで、ついに巌がギブアップした。ちなみに黄鬼はちょうど十一皿目でギブだった。
「……いや、まさかここまで追い詰められるとは……。もしかして君達も僕と同じお……いや、なんでもない」
　黄鬼は何かを言いかけたが、途中で言葉を切った。
「……？　まあ、ええ！　わいはワレのことが気に入った！」
　巌は岩のような腕を差し出し、黄鬼とがっちり握手を交わした。
「そうだ！　ボク達はここで究極のカレーづくりに挑戦する、『究極のカレーを求める会』に入ってるんだけど、イエローくんも入ろうよ！　そして、これから究極のカレーづくりを目指そう！」
　萌はどこからともなく入会届を取り出し、黄鬼の胸になかば強引に押しつけた。
「え……？　あ、でも、僕はそろそろ……」
　と、言いかけたところで、黄鬼は家庭科室の時計を見て、目を見開いた。
「……いけない！　僕、今度こそ行かなくちゃ！」
　言うが早いか、黄鬼は「ごちそうさま！」と言ったきり、振り返りもせずに外へ行ってしまった。
「なんじゃ、せっかちな奴じゃのう。まあ、ええ。同じ学校じゃけん、またいつでも会えるしのう」
「……うん」
　巌の言葉に、萌は少し不安そうにこくりと頷いた。
　まるで、そのままイエローがどこか遠くへ行ってしまうような、そんな気が萌にはした。

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