【星幽塔】第一階層　シャウラの泉へ｜リアクション

【星幽塔】第一階層　シャウラの泉へ

【ねこよろずのある風景】

　その頃、ねこよろずでは遠野まほろが、店の従業員である猫系獣人と色々な話をしていた。
「……この店で働くうえで困ったこと、ですか？」
　双子の猫系獣人（兄）は、まほろの質問に首を傾げた。ちなみに、まほろは彼のことをこの場では『アニ（兄）さん』と呼ぶことにしていた。仮に、というのは、二人の正式な呼び名は後でみんなで決めた方がいいと思ったからだ。同様の理由で、弟の方は『オトート（弟）』さんと呼ぶことにした。
「そう。アニさんも、オトートさんも、せっかくだから長くこの店で働いてほしいから、何か困ったことがあれば改善しておきたいなって」
　まほろがやんわり微笑みながらそう訊ねると、双子は猫の目を大きくして、互いの顔を見あわせる。
　そんな双子の様子を見て、まほろは微笑ましい気持ちになっていた。
（……私自分で言うのもなんなんだけど、わりと人見知りなんだよね。けれど、アニさんとオトートさんは猫獣人さんだからかな。なんとなく接しやすいと言うか）
　そんな感じで、まほろは二人のことが気に入っていたし、だからこそ、二人のために何か不都合があれば改善したいと思っていたのだ。それから、純粋に、二人からこの世界のあれやこれを聞いてみたいとも思ってもいた。
　あるいは、そんなまほろの気持ちは日頃から二人に伝わっていたのだろうか。
「いえ、私も弟も、まほろさん達には大変良くして頂いて、何も不満などありません」
　程無くして、アニ（仮）は、はっきりとした口調でまほろにそう言った。
「ええ。私も兄とまったく同意見です。これまでいくつか仕事は経験してきましたが、これほど居心地の良い職場はほかにありませんでした」
　オトート（仮）もアニ（仮）に同調し、うんうんと真顔で何度も頷く。
　そのことは、まほろを大変に喜ばせた。
「そう。それならよかった……。じゃあ、二人にこれまでやってきた仕事の話とか聞かせてもらってもいいかな？」
　そうして、まほろは熱心に二人の従業員の話に耳を傾け続けた。
　それから程なくした頃、かちゃりと店のドアが開き、その向こうから見知った顔が店内に入ってきた。

　　　＊　＊　＊

　常闇月はシュテルンでの買い物を終えて、『ねこよろず』に戻ってきた。
　店内に入ると、遠野まほろと猫系獣人が穏やかに談笑している姿があった。
「あ、常闇さん。お帰りなさい。……いいお洋服は見つかりましたか？」
「はい。偶然に見つけたお店が知人の店で、そこで一式見繕ってもらいました。すぐに着替えてきますね」
　月は、まほろとアニとオトート（まほろがそう呼んでいるので、月もこの場はそれにならうことにした）に会釈してから、店の奥に引っ込んで、そそくさと服を着替えた。
「お待たせました。あの、どうでしょうか？」
　店に出ると、月は少し恥ずかしそうにまほろ達に訊いてみた。
「わあ。うん。よく似合ってるよ、常闇さん」
　まほろは微笑んで、月の仕事着姿を褒めたたえた。
「よくお似合いです」
「ええ、とても」
　と、アニとオトートも頷いてくれた。
「……ありがとうございます。では、早速、仕事に取り掛かりますね。と言っても、今はお客さんも少ないようですし、お店の掃除等からやっていきましょうか」
　月はそう言って、これまでの経験（寝子島でのメイド喫茶のバイトなど）を活かし、てきぱきと仕事を片づけていく。
「凄い……！　ほんもののメイドさんみたいだね」
　と、その仕事ぶりをまほろも絶賛してくれた。
「いえ、そんなことは……。あ、それから泉に向かった八神さん達のために、夕餉の支度も始めないといけませんね」
　月は謙遜しつつ、いそいそと夕食の準備を始めながら、泉に向かった八神修達の無事を静かに祈った。