眠れない夜に　＜冬＞｜リアクション

眠れない夜に　＜冬＞

　布団に入って一時間半が経過している。
「やべぇのだ」
　深緑の瞳を暗闇に爛々と見開き、後木真央は毛布にぐるっと包まった格好のまま芋虫のように敷布団の上を転がった。勢い余って床の上も転がる。
「寝過ぎて寝られなくなったのだ～」
　普段起きる午前五時半まであと一時間半もあるというのに、最早眠れる気は全くない。
「うおおお、うぉおおなのだ～」
　眠らなくてはと悶絶してごろごろと転がった挙句、結局眠れず毛布を布団に叩きつけて起き上がる。戸口に置いたまま開けるのを我慢していた本土での買い物品の入った大荷物を横目に、防寒着を羽織る。
(新しいジャージなのだ、靴なのだ！)
　荷物を開きたいのは山々だけれど、今がさがさと袋を破ってしまっては、壁の薄い猫鳴館の隣人に迷惑が掛かる。
　我慢我慢と大荷物の脇を過ぎ、部屋の扉をそっと開く。するりと部屋から抜け出し、切れかけた電気の瞬く廊下を渡って、そろりと外に出る。
「あー、完璧夜なのだ」
　夏ならば明け始めの空が森越しに見えただろうに、真冬の今は空は未だ暗い。
　帰りがけに通りがかった際、ガーデンテーブルのところでお猫さまを膝に乗せて羨ましい一人星見会をしていた上級生らしい男子の姿はもうない。眠ってしまったのだろうか。
「星が綺麗なのだ～」
　呟きつつ、星影を頼りに中裏庭の家庭菜園に回ろうとして止める。土を耕すにも音が出る。肥料を漉き込むにも肥料を置いた小屋のドアは開ける度に煩く軋む。農耕作業をするのも迷惑過ぎる気がする。
　星空の下、しばらく立ち尽くして後、
(五時半までに戻ればいいのだ)
　そう決めて、獣道じみた細道を辿る。街灯もない道は、けれど毎朝通る道、勝手はよく知っている。
(神奈川は漁業調整規則がそこそこ厳しかったから漁港は結構人が居るかもなのだ～）
　とも思うものの、日の出からの魚種があれば港は出港準備真っ最中だろう。忙しい中に女子高生が紛れ込んで邪魔になってはいけない。
　漁師の祖父を持つ真央はそう思い直し、再び足を止める。
　道の端に立ち上がる霜柱を踏みつつ、また少し考えて、次に思いついたのは普段あまり早朝に行かない星ヶ丘。新しい発見があるかもしれない。知らないお猫さまにも出会えるかもしれない。
　意気揚々と山を駆け下り、寝子島高校の脇を駆け抜け、星ヶ丘の高級住宅街に紛れ込む。高い壁がどこまでも続きそうな屋敷の横を過ぎ、煉瓦道を走ったところで、
「……植物園が宵っ張りなのだ？」
　以前突撃食レポをした植物園の温室に灯りが点いているのを目敏く見つけた。入り口ではない場所から翠溢れる室内をそっと覗き込めば、ゆらゆらと揺れるランプの灯りの道を、日傘を持った白銀の髪の少女と、葉陰に隠れてよく見えない、影のようにも見えるもう一人が仲良く肩を並べて歩いている。
「ぐぬぬ……こんな情緒溢れる所にカポーなのだ……」
　やべぇのだ、と芝居じみた仕草で苦し気に胸を抑えたところで、室内のカップルに暗闇に紛れる己の気配を感付かれた。白銀の髪の少女が不思議そうに振り返る。恋人のように見える影のような誰かも、少女と似た動きで振り返る。
「デビルサンタさんが爆誕しそうなのだ」
　揃って手を振ってくれる二人に、嫉妬の真央は血の涙を隠して手を振り返す。
　そんな風に一人遊びをしつつ、真央の眠れない夜は明けて行く。