「いいよなぁ、格闘技！　ここ一番、やっぱり盛り上がるのは、これなんだよなぁ」
　冷たく暗い牢獄のど真ん中に、異質なリング。そのロープにもたれて、新出府 譲はうんうん、とひとりでうなずきます。
「人間誰しもいつだって、何かに抗ったり、戦ったりしてるもんだ。嫌な上司に、ソリの合わない同僚。どうにも奮わないテストの成績に、将来こんなもの役に立つのか？　ってな疑問。上向かない景気に苦しい生活、節約に挑戦してみたり。愛しのカレを巡って、恋のライバルとえげつない攻防戦を繰り広げたり。公権力へやみくもに反発してみたり……他でもない自分のなまけグセだったり、ま、矛先はいろいろだがね。だからこそ、どこかで憧れるのかもな。その代理闘争としての、本気の殴り合いってやつに」
　反対側から、ロープを乗り越えてリングへ上がってきた筋骨隆々の看守が、くいくいと指招き。勝負を促されて、新出府はえっ、俺？　とばかりに自分を指した後、ぷるぷると首を振り、慌ててリングから降りました。
「どんな平和主義者だって、俺みたいに品行方正な紳士だって、時には戦わなきゃならんこともある。人生の中で、そんな瞬間は必ず、誰の前にも訪れる……辛いものさ。分かるよ、だがそんな時はちょいと、考えを変えてみるといい。こいつは逆に、チャンスかもしれん、とね。そう思ってみるのさ。そんな逆境をひょいと乗り越えて見せたなら、そん時ゃお前さん、どうだい。一皮むけてるかもしれないぜ？」
　リングの上で肩をすくめて呆れたような看守に、彼はぽりぽりと所在なく頭をかきながら、
「……あー、とはいえだ。俺はどうにも、あんなマッチョとくんずほぐれつの肉弾戦なんてのは、ご免被るがね。ちょっとＳっ気のある、艶っぽい美人看守にでもお相手願えるなら、そりゃあもう言うことは無いんだが……人生そううまくはいかないもんだ、やれやれ」

『激突！　ニャルカトラズ・コロシアム！』（１）

　因果なものだ、と。彼は思います。
「そういやあ……初めて放り込まれたのも、ここだった。テメエらが相手だったよな」
　ががが、ぴぴー！　マイクがかき鳴らしたノイズに、ひとつ顔をしかめて耳をふさいでから、白黒しましまなレフェリーの恰好をしたお姉さんが、リングの上で声を張り上げます。
「Ladies end Gentlemen！　『激突！　ニャルカトラズ・コロシアム』のお時間がぁ、やああーーーって参りましたぁ！！　これより繰り広げられるのは、自由を求める囚人たちによる、己の肉体を賭したBig Match！　立ちはだかるのは剛腕無比の、看守軍団！　血も涙もない彼らが最強の敵として、自由に餓えた囚人たちの前に立ちはだかり、その行く手を阻むのです……白熱の試合展開に、今から期待がビンビンです！　さて、本日の実況・解説は私、ハルさんこと坂井 晴香がお送りしまー…………って、ちょっとちょっと！　お兄さんマイク返して、返しなさいってばー！？」
「……そう。囚人たちは既に、解き放たれた。迎え撃つは、屈強なる看守軍団……」
　いきなり乱入！　マイクをしゅばっと奪い取ったのは、如月 庚！
　まぶたを伏せた彼は、静かな語り。けれどやがて、くわわっ！　と瞳を開いて、マイクパフォーマンス！
「もはや語るまい、答えは肉体だけが知っている。強き者ども…………出てこいやッ！！！！」
　ごおっ！！　と監獄の四隅に噴き上げる豪火。
　炎が照らし出した暗闇の中に……でんどんでんどんでんどん。ババァァァアアアン！！　登場する囚人たち、これより激しい闘争へと挑む、戦士たちの姿！！
　気が済んだのか、ぽいと庚が放り投げたマイクを慌ててキャッチ、司会進行兼レフェリーなハルさんが、選手たちをご紹介。



「っとォ、まずは私からマイクを強奪したこの方！　蒼き拳は全てを貫くか、ってゆーかお姉さんのハートも奪って！　拳法と喧嘩殺法のハイブリッド拳士、如月 庚ーーーッ！！」
「テメエらまとめて、ブッ潰ス」

「受け継がれるは魂なり！　かの新陰流の流れを汲むという古武術、その神髄が、今宵リングにて炸裂するのか！　『庵流』八代目家元、いぶし銀なおじいさま、伊織 紘之助ーーーッ！！　そのお孫さんにして直弟子、優しき巨人伊織 源一ーーーッ！！」
「おおなんだ、可愛い孫がいるじゃねェか！　妙な夢だが、こいつぁ俄然、負けられん！」
「じいさん……無理はするなよ」

「オンナの扱いなら誰にも負けない、モテモテナンパ師はなんと若干１５歳の中学生！？　いやーん見て見てあの胸板！　チンピラだってやるときゃやるぜ、新江 天懸ーーーッ！！」
「はー、今度ぁかごの中で闘鶏やれってか？　お前ら、良くそう悪趣味なこと思いつくよなー……いいぜ。やってやるよ」

「今夜の折り紙は、対戦相手への死刑宣告だ！　ポーカーフェイスに隠した豪快パワーで、クールに自由を奪い取れ！　無言実行男、折紙 一月ーーーッ！！」
「……良く分からないが。まぁ、分かった。やろう」

「切れぬ鎖は砕けぬ絆！　表裏一体にして二律背反、水と油な犬と猫！　相棒たちの絶妙な関係性に、お姉さんは今から胸がキュンキュンです！　仲良く喧嘩しな、桐野 正也＆工藤 耀ーーーッ！！」
「だーれーがー、こいつと！！」
「あんたと！！」
「「相棒なんだよッ！！」」

「これぞまさしく、リングに舞い降りた女神たち！　乙女たちの麗しき友情が、そびえる巨漢すら物とも「私が囚人、ですって？　そう、美しすぎる私がこの場に存在することすら、もはや許されぬ罪…………ッ！！　仕方がありませんことよォォオーーーッホッホッホ！！」
「バカみたいよ、ぜんざいカレーさん。とにかく、私たちタッグみたいだから。あなたに協力してあげるのも、やぶさかではなくてよ？」
「なァんですって！？　私だって……私だって、協力して差し上げますわよっ。あーっでも勘違いしないでくださる、仕方なく、なんですからね！！」
「……財前 華蓮＆剣崎 エレナーーーッ！！」

「トラック運転手は身体が資本！　弛まぬ鍛錬で鍛え上げられた肉体が今、リングの上で爆発する！　ちなみに聞くところによると結婚をお望みとか、お姉さんのココ、開いてますよ！　曖浜 鴻ーーーッ！！」
「また何かに巻き込まれたらしいな、ったく……全員で無事に帰るためにも、遠慮はナシだ。存分にやらせてもらうぜ！！」

「誰にも負けたくない。自らの力を、努力の全てが無駄では無かったことを知らしめるため、確かめるために、少年は何度でも立ち上がる！　ブチのめせ、日暮 ねむるーーーッ！！」
「……このリングで……証明してみせる！」

「速さなら誰にも負けない！　あえて呼ばせていただきましょう、音速の貴公子と！　全てをぶっちぎって、自慢の剣を叩き込め！　御剣 刀ーーーッ！！」
「これが最後の放送……なのか？　何にせよ、お祭り騒ぎだ。後悔の無いよう、派手にやろうじゃないか！」



「そしてそして、彼らの脱出を阻む権力の猛犬ども！　アンチ・フリーダム！　極悪看守軍団の登場でぇぇぇっす！！」
　かつてこのニャルカトラズ監獄にとらわれ、理不尽な暴力の嵐にさらされ、無味乾燥な労働に従事させられたことのある者たちなら、忘れようにも忘れられない姿であったことでしょう。丸太のごとき腕や足、鋼鉄めいて強固な胸板。小山と見紛うばかりの巨体や、目深にかぶった帽子のつばが落とす影の下、ニヤリ！　あのイヤらしく、下卑た口元の笑み。
　看守軍団、登場！　監房の中からはたちまちブーイングが雨あられと降り注ぎ、がん！　がん！　がん！　と鉄格子を叩く音が響きます。この場の誰しも、望んでいるのでしょう。あの悪辣なる看守どもが、無様にリングの床へ這いつくばる姿を……！
「監獄内のボルテージは最高潮、盛り上がって参りました！　開戦のゴングが鳴り響くのは、もう間もなく！　Don't miss itッ！！」
　どかん！　と爆発のように再び噴き上げた豪火が、監獄の冷えた空気に火をつけ、熱狂の渦へと巻き込んでいきました。



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