【かるた】わんだふる・ゑきさいてぃんぐ・かるた大会｜リアクション

【かるた】わんだふる・ゑきさいてぃんぐ・かるた大会

　試合前、“にゃー”チームとトリコロールチームが一礼し、互の陣の札を並べる。
「男子３人か……」
　桜庭円は、秘策を考えている。あらかじめ、シャツのボタンを大きめに開けておく。かるたは前かがみになるため、“魅せブラ”となるのだ。
　対面に座るロベルト・エメリヤノフがその意図に気づいた。
（なるほど、精神攻撃か……。だが僕にはお色気は通用しないぞ！なぜなら僕は……いや、何でもない）

「Toi, toi, toi」
　神嶋征一郎は、心の中で三つ唱えた。舞台で演奏する前に、昔からやっているおまじないだった。
　彼のやり方はセオリーに忠実に従ったものだ。素人ながら、競技かるたの戦法は書籍やDVDで予習した。チームメイトの二人が取りこぼしたものを確実に取れるよう、歌は完全に暗記。取りたい札は自分に近い側に置き、札の配置も出来るだけ覚える。

　白露に　風の吹きしく　秋の野は　つらぬき止めぬ　玉ぞ散りける

　征一郎が自分の陣を正確に払った。ロベルトと武諭のこだわり札は任せておく。二人が撃ち漏らした分があっても、真ん中に座る征一郎が確実に拾っていくのだ。

“にゃー”チームの方では、真ん中に御剣刀が座り、両サイドを円と小山内海が固めていた。
　札の並べ方は打ち合わせ通りだ。４枚札までは海に渡され、海の手前に１枚札から順に並べられる。５，６枚札は、海と円が一緒に真ん中に並べる。７，８枚札は円の周辺に並べ、一番多い16枚札は、狙い札以外は相手チームの付近に配置する。

　世の中は　常にもがもな　なぎさ漕ぐ　あまのをぶねの　綱手かなしも

　海は、目の前に固めた「よ」で始まる札をまとめて払った。とにかく取ることに集中し、特に自分の前の札を絶対取る気で臨んでいる。遅くとも3文字目までには、どの札が手前に固めてあるかだいたい判別できる。3文字目までに判別出来なければ任せてしまおう。

「“にゃー”チームは、はじめの一字で札を固める作戦ね」
　実況席の八重崎五郎八が、観客向けに解説している。かるた有段者ゆえ、競技の邪魔にならない解説のタイミングも問題ない。出来るだけわかりやすく、観客が楽しめるように試合運びや用語の説明をしていた。
「はじめの一字とは、どういうことかのう？」
　お茶をすすりながら、大田原いいなも聞き手を意識して話を進めた。いいなも歌留多同好会なのだが、五郎八が出たがらなかったので出場はせず、裏方として大会を盛り上げる役に徹していた。
「例えば、“むすめふさほせ”で始まる札は一枚だけ。“う”や“つ”とかで始まるのは2枚。3枚ある札は“い”や“ち”など。一番多いのは“あ”で始まるのは16枚。これを固めて、分担して取ってるわけね」
「どう有利になるんじゃ？」
「例えば、さっきの『世の中は……』の歌は、『世の中よ……』の歌と間違えやすいの。でも、固めてあれば『よの……』二文字だけ聞けば迷いなく取れる。相手の勘が冴えていても、不利は多少打ち消せるのよ」
　とはいえ、真面目に解説するばかりではない。
「達人がかるたを取るときは凄いからね……弾いた札で相手の喉笛を切り裂いたってエピソードもあるし」
「こら、さも本当のように嘘をつくな！」
　いいなに突っ込まれて、五郎八は茶目っ気たっぷりに舌を出した。
「あは、ごめんごめん」