終末救世主　～寄る辺なき悪意と蒼い月～｜リアクション

終末救世主　～寄る辺なき悪意と蒼い月～

　街の外とは『壁』と言うものはない。
　一歩踏み出せば、獣は牙を剥く事を厭でも理解している――危険を知らせる警鐘が頭を揺らす。
（立ち歩き、呼吸をし、睡眠をする――繁殖はしないのか……？)
　飲食し、呼吸をし、睡眠をする動物でありながら繁殖をする事はないのだと言う。
　どくりと高鳴る胸を押える様に紙を投げ入れ、獣が動物である事を知り、ゆっくりと後退する。
　自衛のために武器を封印した紙で獣を押し潰し距離をとらねば、己も餌食になる可能性も高い。
　調査はこれで完了だ。距離を取る為に走り出す月詠は真っ直ぐに、安全な街中へと足を向ける。
　何処からか奇怪な攻撃されたと勘違いしたのか勢いよく駆けだした獣の脚が弱まってゆく。
　結界の範囲に居れば、日が沈まぬ間なら獣はその力を失う筈だ。人々の言からその考察が産み出されている。
　早く―――日が……日が沈んでゆく……！

　

　夕陽が傾ぎ、夜の気配を感じながら骨削瓢は歩き回る。
　彼が手を引く子供は恐怖に震え、そのかんばせを涙で濡れしているではないか。ぐしゃりと歪んだ表情を見て「可哀想だ」と感じること無く唇に笑みを乗せた彼は「大丈夫だよぃ」と嘯いた。
「誰かが獣を嗾けたのかね。まだ陽が完全に暮れてないから、逃げ果せられただろうけどねぇ」
　ちら、と子供を見詰めた瓢は唇を弧に歪めた。
　流浪の民でなければ、結界の外に出ることなどできない。
　霊刀の結界の元、守護された住民たちは己を守護するエリアから出る事はしない――中央街という共有エリア以外に、四エリアにほとんどの人達は歩き回らないというのだ。
「あっしは霊刀に守護されちゃいないのでねぇ。知恵ある獣が居るかもしれないって事だ」
「ッ――」
「言語を解すならぜひお話ししてみたいねぇ。おたくは一緒にいこうねぇ」
　やだ、と首をぶんぶんと振る子供の仕草も気には止めずに瞳に喜色を乗せる瓢は、唸り声を聞く。
　森林の中、隠れられそうな岩を目当てにゆっくりと外の探索に訪れていた瓢にとって、ミューシャの言葉は気がかりなものだ。
「人は誰しも獣になる……獣が元人間ってことならね、人が居る限り獣も尽きることはない。
　無尽蔵を根絶にするのは骨がおれるよぃ～……調べるに越したことはないねぇ」
　瓢の言葉を理解できないと少年は怯えた様に彼の腕から逃れんともがく。
　言葉は出てこない。喉からヒュウと音が漏れだすだけの子供を憐れだと感じること無く、彼はもがく彼の肩をどん、と押した。

　グルルルル―――――

「ッ、い」
　いやだ、の声は聞こえない。さっとその場から隠れた瓢が息を飲みこみ姿を晦ませる。
　縺れる足に逃げられない事を悟った子供が命乞いを叫んだ。
　泣き叫ぶその声音に誘われて獣が集める。
　彼が連れて来た子供は『囮』役だったのだろう。
　リスクを回避する為の立派な囮は彼が攫った無垢な少年だった。
　手を伸ばす少年の身体を毛むくじゃらの腕で殴りつける。地面に強かに打ちつけた体を蹴り飛ばし獣達は唸り続ける。
　ぞろりと並んだ牙を見せ、大きく口を開いた獣がそのままに。
「なぁるほどねぃ」
　瓢は唇に笑みを乗せる。
　知性の低い獣達は『ケダモノ』そのものだ。獲物を喰らい肥やしにし興味を失えば放置する。
　瓢に言わせれば「熊と変わりもないクズ」なのだろう。
　暫くすれば陽が暮れる。ゆっくりと帰路を辿る瓢の後方から聞こえた足音と唸りは彼が目にしたケダモノ達とは違う。
「……ミューシャや芦澤庸一の友人だがね。言葉は解るかねぃ」
　ぐるる、と獣の喉が鳴る。
　貪欲に何かを欲するかのような声音を振り払う様に瓢は唇に弧を描く。
「あっしは敵じゃありやせんぜ」
　笑う彼へと『盟主コロス』と低く囁く声と共に、腕が大きく振るわれた。