終末救世主　～寄る辺なき悪意と蒼い月～｜リアクション

終末救世主　～寄る辺なき悪意と蒼い月～

　ゴォ――――ン……。

　壁時計が奏でた荘厳な音に耳を澄ませ、居住いを正した宗像詔子は『異世界からの来訪者』達を見回して緊張を滲ませた。彼女の背後に飾られた霊刀『まほろば』は淡い輝きを灯し、異世界からの来訪者達を歓迎しているかのようだ。
「――救世主様」
　来訪者(きゅうせいしゅ)の訪れは詔子にとっては青天の霹靂。叶うならば救いが欲しいのだと求めていた終末(エンディング)の民にとって正に『神の遣い』のようなものだった。
「救世主か……」
　その言葉を擽ったいと感じるのは、彼らが普通の学生だからであろう。
　普通に寝子島を歩き、普通に過ごしてきた添星叡知は『聖人君子』でなければ、神の遣いでもない。
　詔子の羨望と畏怖の混じった眼差しは些か寝子島の住民たちにとっては荷が重いのかもしれない。
「俺は普通に生きているだけで聖人君子じゃない。どうして『まほろば』に選ばれたのかも解らない」
「ええ、ええ……わたくしも、皆様方の話しを聞けど『選別された理由』は解りません」
　けれど、と言葉を紡ごうとした詔子は一度、叡知の反応を見遣る。
　遠慮がちな彼女は救世主に無礼を働くまいと必死なのだろう。傍らに置いたぬいぐるみ――ましろを見遣った滝原レオンは詔子の反応に頬を掻く。
　獣に身を変える叡知と比べればぬいぐるみを動かす能力を持つレオンにとって、自分は戦闘面では役不足だと認識している。外に跋扈する獣を目にした以上は恐怖心にも似た不安を感じずにはいられない。
「不思議な力――ろっこん、と仰るのでしたか。
　先程、滝川様が見せて下さった『文化人形』を独りでに動かす……というのも驚愕致しました」
　端正な顔立ちに朱を差してレオンは詔子の言葉を甘受する。

　

　彼の『おとぎの軍勢』を見ただけで詔子は驚き、腰を抜かし「救世主様は異能をお使いになられるのですか」と目を瞠る他になかったのだ。
「……『獣』との戦闘には役に立てないからな。せめて情報収集位はしとかねぇとな」
「そのお心、痛み入ります」
　畳みの間で詔子は恭しく頭を下げる。彼女は特別な力を持たない――寝子島ではもれいびとひとで分類される『ひと』なのだろう。
「詔子さんは、どうやって獣と闘ってるんだ？」
　まほろばの近くで、その造形を眺めていた風雲児轟は首を傾ぐ。怜悧な夜色の瞳は好機を抱き、まほろばと詔子の双方を見遣った。
「わたくしは……剣術で……。いえ、父から教わった護身術で撃退しているに限りませんわ」
　詔子の整ったかんばせに僅かに暗い色が差す。
　轟が憧れるヒーローは『正義』として敵を倒す事を躊躇う事はないのだろう。正義論の上で、自身も正義と言う事が出来ないのだと轟は彼女の言わんとする事を察し、唇を閉ざす。
　詔子は云う。戸惑いを、言葉にすることは救世主の想いを鈍らせないかと自戒しながら。

　――いのちを奪うのは、重たい事でございましょう？

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