終末救世主　～寄る辺なき悪意と蒼い月～｜リアクション

終末救世主　～寄る辺なき悪意と蒼い月～

「知ってるぅ？　人は皆、獣なんだよぉ……なーんちゃって」
　ふあ、と小さく欠伸を漏らした壬生由貴奈は詔子に着付けをされながら冗句めかす。
　宗像の屋敷には詔子の護衛役として、街の身回りを行う事を決定した救世主達が集合していた。
　帯を締め終え、キチンと居住いを正した詔子に「えーと、詔子……しょーこちゃんでいい？　うち年下だけど」と告げた由貴奈に目を丸くした詔子は「救世主様、わたくしに敬称など結構ですよ」と苦笑を漏らす。
「しょーこちゃん。うん、しょーこちゃんでいいね。由貴奈でいいよぉ」
「それでは、由貴奈さま……」
　マイペースな由貴奈に翻弄された様子の詔子は苦笑を漏らす。
　この世界は摩訶不思議だ。由貴奈達が過ごす寝子島とはまるで違った文化を所有し、窮地に瀕すると言うのだから。
　茫とした視線で周囲を見回した朝鳥さゆるにとっては『異世界』であることなどどうでも良かった。
　寧ろ、夢と現の境界などあってない様なものだ――人は獣でなくとも人の心を蹂躙するケダモノでしかないのだから。
　言葉無く、楽しげな由貴奈と詔子を見詰めて息を吐く。
　揺るがない心に、失った寄る辺が形骸化したいのちを感じる。
「まあ、不思議な世界って感じですねぃ」
　武器の手入れを行っていた呉井陽太は明るい陽の色の髪を湿った風に遊ばせる。制服のポケットに忍ばせた粘土細工が、この異世界にも持ち込まれている事に深く安堵した。
　詔子の父の服を身に纏った陽太は頬を掻く。由貴奈やさゆるにとって異世界である事はあまり重要では無い様だが、陽太にとっては気がかりなことも多い。
「詔子さん、オレもお供したいでっす」
「私も同行させていただくわ」
　同じ部活に所属していた相手がいたことが陽太にとって冷静で居られる要因のひとつだ。
　安堵した彼の視線を受けて、落ち付いた風貌の黒依アリーセは言葉もなく瞬く。
「……獣についての情報を共有しておきたいの。
　私達もあなたに同行して戦う事になるでしょう？　共通の情報は多い方がいいわ」
「ん～……そうだねぇ。しょーこちゃんの言ってた盲目の男の人のお話しも聞きたいしね」
　詔子の行動を聞いたうえで同行を決定した面々だ。庭で獣との戦闘のイメージトレーニングをしていた轟も情報共有の為に部屋へと上がってくる。
「確かに。武器は準備して貰ったが、詔子さんとの情報共有無くしては効率的じゃないな」
　百目鬼辰彦の護衛へと向かった面々を送りだし、詔子の護衛を行うべくした面々の言葉に詔子はどうしたものかと不安げに宙を仰ぐ。
「しょーこちゃん、もしかして、『出来るだけ救世主様を危険に晒したくない』って思ってるの？」
「――……いえ、そのような」
　笑みは崩さず、しかし、言葉は厳しさを保った由貴奈の言葉に詔子が身を固くする。
　何の感慨も感じさせぬさゆるは気にも留めなかった事だろうが、この世界に訪れた以上はその様な気遣いは無用だとアリーセは淡々と告げる。
「私達を『救世主』と呼んだ以上、戦闘は必要でしょう？　情報の不足は危険に陥る可能性が増えるわよ」
「そ、その通り！　アリーセちゃんもオレも詔子さんとは違う世界の人間ですけど、ちゃんと調べて解決しますから」
　救世主ってそーいうもんでしょ？　と陽太がへらりと笑う。

　

「……街を護りたい気持ちは解るけど、それは『自分を守れる』ひとにしかできないんだから。
　西の当主さんが死んじゃうのも、しょーこちゃんが死んじゃうのも困ったことになるわけだし、ね？」
「――……わたくしが、話せる事でしたら、なんでも。どうぞ、どうぞご無礼をお許しください」
　頭を下げた詔子に「いや、謝らなくてもいいっすよ」と慌てて陽太が付け加えた。