終末救世主　～寄る辺なき悪意と蒼い月～｜リアクション

終末救世主　～寄る辺なき悪意と蒼い月～

　救世主と呼ばれた寝子島の住民たちを前にして、ミューシャは大きな瞳をぱちくりと合わす。
　詔子より「父と母のものですが」と残された着物と、宗像家の蔵へと収納されていた武器を手渡された救世主達は夜を待たずに活動を始めようとしていた。
「ええっとぉ……露草、んー……、つゆちゃんだ。つゆちゃんはミューシャに何を見せてくれるの？」
　救世主の拠点として使用する事を勧められた宗像家の屋敷。
　その一室に広げられた着物類を見下ろしながら深縹露草はミューシャの言葉に苦笑を漏らす。
　米国の生まれである両親の影響を受け、『エセ外国人』のような口調で喋る露草に興味をそそられたのかミューシャは彼の近くでぴょこりぴょこりと歩いていた。
「ろっこんデース」
「ろっこん？」
　こてりと首を傾ぐミューシャは器用に結い上げられた明るい髪を指先でくるりと弄り露草の説明を真面目に聞いている。
　紅色の衣をぱたりと揺らした少女の姿に『和風』の世界観を感じ、何処か嬉しそうに目を細めた露草は奇妙ない世界で馴染みの無い力なのだろうと合点が言った様に頷いた。
「こういう力はミューシャさんにはないんですか？」
「ミューシャ、つゆちゃんとか、れおんちゃんとかみたいな力はないよ。
　神託を受けるだけだもん。神様の依代で、神様が居ないとミューシャはただの……」
　言葉を詰まらせて首をふるりと振ったミューシャは「なぁんでもない」と言い、露草が描く紋章を見詰めた。
　詔子から拝借した紙の束と筆。慣れない手つきで紋章を書き記したソレを差し出した。
「ミューシャさんの前で光れ――！」
　瞬く間に鮮やかに光り輝いた紙に驚いた様にミューシャが声を上げる。
　霊刀と話せるという神託の巫女をしても、ろっこんとは不思議な能力なのだ。
「……と、私のろっこんはこんな感じの能力なのデース」
「すごいのね。すごいのね。ミューシャもほしいなあ、そういう特殊異能っぽいのー」
　転がって足をじたばたとさせるミューシャに微笑ましいと露草が柔らかな笑みを浮かべる。
　会話をしているうちにも一つ気になったのは『ミューシャはただの』と言いかけたそれ。
「あの」
「ミューシャはただの――……何かしら？」
　開かれたままの襖からひょこりと顔を見せた葉利沢倫理子は激情を宿した瞳でじい、とミューシャを見遣る。
　聞いていたのか、と視線で語った露草に感情を感じさせぬ静謐さを湛えたまま倫理子はゆっくりと目を細めた。
「私にはそういう力はないわ。だから、ただの『ひと』よ」
「ミューシャも」
　只の人と言いかけた彼女を見遣る冷たい瞳はミューシャが何かを知り、隠している可能性を見出す。
　倫理子からすれば、この世界は和風ファンタジーだ。その中に、ミューシャという異国の名前と異国の髪を持った彼女は明らかな異端者だった。

「貴女、ひょっとして私たちと同じ、外から来たんじゃない？」

「――ミューシャは、」
　唇を震わせて、ぎこちない笑みを浮かべたミューシャは言い淀んだまま部屋から走り去る。
　残された倫理子は小さく咳き込み、脳裏にフラッシュバックした凄惨な事柄から目を逸らす様に俯いた。