終末救世主　～寄る辺なき悪意と蒼い月～｜リアクション

終末救世主　～寄る辺なき悪意と蒼い月～

　銃器と言うにはお粗末なものだったが、それでもさゆるは借り受けた。
　近接戦闘に遣いやすい小振りなナイフを隠し持ち、獣と対峙するべく息を潜める。

　獣の腕が振るわれる。常人なれば目で捉えられないそれを一度、受け止める事となったさゆるの細足が軋みをあげる。
　己の身体を支えんと堪えた足に力を込め、走り込むさゆるの反応速度が上がる――常人以上へと、変化する。
「朝鳥様……」
　茫然と『まほろば』を構えた詔子を護るべく、後方へと位置させて、守護するべく粘土を手にした陽太が小さく息を飲む。
「鬼神ってヤツ」
「正しく……躊躇いが、ありませんわ」

　――いのちを奪うのは、重たい事でございましょう？

　詔子は己の言葉を反芻させる。レオンや轟へ告げた言葉はさゆるの前では無意味なのかもしれない。
　いのちを奪う事へ対する抵抗もなく、狂喜に濡れる訳でもなく、倒錯的に獣を殺す。
「Hard to Kill――」
　呟かれた言葉の意味を詔子は理解できなかった。
　表情は少しも変化しない。塗装された地面を蹴ったローファーの爪先が『ぐん』と伸びる。
　地面を蹴り飛ばし、獣の『敵意』を返す様に近接で使用したナイフの切っ先が獣の顎を掠める。
「……殺し難いのね……」
　淡々と告げられた怜悧な声音は研ぎ澄まされたナイフの如く。
　普段から持ち得るものではない身体能力を格段に向上させたろっこんのお陰か、獣へと攻撃をひとつひとつと重ねることにさゆるは慣れ切っている。
（――時間を掛ける訳にはいかない。時間を掛けるとそれだけ不利になる)
　彼女を襲った『敵意』は紛れもなく獣から発される物だったのだろう。それを受け続ける以上、強化された反応速度は彼女に攻撃を与えることはない。
　だが、反応速度の強化だけでは一つ、足りない。生命力の高い獣相手に少女の細腕が与える攻撃は大きなダメージにはならなかった事だろう。
　さゆるが獣の攻撃を避け、バランスを崩したそれへと盾の淵で殴りつけた轟は冷や汗をたらりと流す。その頭に向かって苦無を投げた陽太が小さく息をつく。
「簡単にはゲームオーバーになってくれないってよ」
「戦い方にもコツがいるのね。前線で戦う味方を傷つけないように私は牽制する位で良いわね」
　治癒の能力に長けたアリーセならではの反応だったのだろう。
　詔子の前で、弓を手に牽制を撃つアリーセと、彼女を庇う様に立つ由貴奈。

（――普通の学生だと、ひとだと、言っていたではありませんか……？)

　もしも、己が普通の町民であれば獣に対して此処まで戦える筈もない。
　ろっこんという能力が彼女達を戦士に変えているのだろうかと詔子は小さく息を飲んだ。
　さゆるの闘いぶりは、彼女が味方であれど背筋に冷たい物が走る。
「朝鳥様は――……普通の女学生なのですか……？」
「突然ね。私達は『フツウ』かもしれないけれど、その中でも分類されるものよ」
　詔子の言葉にアリーセは冷たく返す。
　それが戦闘の様子に反映されているのかもしれない。解らないけれど、と首を振りふんわりとフリルを揺らした彼女は地面を蹴る。
「今は、フツウを死守する訳でもなく、貴女を死守しているのよ。
　手を抜かれちゃ、堪らないのは貴女でしょう……？　怪我、後で治してあげるわね」
　唇に僅かな感情を乗せたアリーセに小さく頷いて、詔子は息を飲む。
　制服姿のさゆるは獣を蹴り飛ばし、淡々と相手を葬っていた。
　仲間達の攻撃支援を受け、急所を的確に抉り続ける。
　朝鳥様、と呼んだ声も、きっと彼女の耳には入って居ないだろう。
　ふるりと震えた背の不安を隠す様に詔子は彼女の名前を呼び続ける。
　死を恐れること無く、いのちを喰らい続ける機械。冷やかな狂気を帯びて、彼女はゆっくりと瞬いた。

「次に行きましょう――」

　