終末救世主　～寄る辺なき悪意と蒼い月～｜リアクション

終末救世主　～寄る辺なき悪意と蒼い月～

「罠はこれでＯＫデース。皆様に傷一つ付けやしまセーンよ」
　からからと笑った露草はその飄々とした態度であれど、緊張感を孕んでいた。
　その後、辰彦から「死ぬ覚悟は出来ているが、他人の瑕疵で殺されたくない」との言葉を発され空気としては余り良いものでは無かったのだろう。
「百目鬼さん、さっき言ってましたが『月の昇りが遅い』というのは？」
「ああ、あまり解明はされていないのだが……普通の月が昇らぬ日は僅かに暗黒が訪れるらしい」
　それも違和感を感じなくなって詔子や辰彦にとっては久しかったのだろう。
　外の世界からの客人の疑問に「可笑しなことだ」と再認識する事が出来たと辰彦は悩ましげに眉を潜める。
「それから、蒼褪めた月が昇って何処からか獣の声が聞こえるのだが――……」

　――――――――――！！！！

「バッチリ聞えましたね」
　露草の言葉に小さく頷いた辰彦は屋敷の奥へと歩いてゆく。真央の隣に座り、頭からすぽりと白の装束と被り物を纏った修は「聞きたい事があるんだが」と辰彦との対話を申し込んだ。
「応えられる事であれば聞こうか」
「蹄の跡とは？」
　首をふるりと振る。一般的な狼は『狼爪』を所有し、蹄を所有する事はない筈なのだ。
　唯一イノシシやシカのような物は、蹄を所有し、跳ね上がる時に接触する事があるというが、彼にとってはそれもよく分からない事の一つだという。
「死骸の写真か絵はあるだろうか？　もしくは宗像家の者の死因は」
「噛み傷であろう。忌むべき事象の絵などは私は持ち合わせておらんな」
　友人であったという辰彦にとっては、どうにも気分のいい話では無かったのだろう、蒼褪めた月に照らされた横顔を隠す様に帽子を被り、小さく息を吐く。
「辛いのだ？」
「いや、私より詔子君が辛いだろうな。あまり、感傷には浸らんよ」
　首を傾いだ真央に曖昧に漏らす辰彦は屋敷内に設置された鳴子が微動だにしないことに些か不安感を煽られているようだ。
　屋敷内の警護の為に周囲を見て回る露草や遥斗とて同じだ。広間に設置した罠を確認した圭花もその時を今か、今かと見つめている。
「国に反意を持つ者はいるのだろうか？」
「山程居るだろうが、離反しても行く所はないだろう？
　少年、君の暮らした世界ならば『外』は幾らでもあった筈だが、ここでは――……」
　ここしかない、と発しかけた声を遮るようにガランガランと音が鳴る。
「敵襲デース！」と大声を発し、囮と陽動を買って出た露草が罠の方面へと走り出す。
　近接で唸りを上げた獣を輝かす為に用意したろっこんを念じる。
　時間の経過で光り、その居場所を知らせてくれと念じた露草へと獣が『笑った』
（酷い顔デースね。二足歩行の狼………？)
　ばたばたと、音を立てて振りだした雨を警戒する様に露草は走り出す。
　長い髪を縺れさせる血色の雨の下、獣は牙をぞろりと覗かせて確かに、笑っていたのだ。
　足が竦む感覚から奮い立たせるように遥斗が『意識』して竹刀を振るう。
「その、『ろっこん』で誘導するのデース！」
「ろっこん……？」
　己に宿された力の意味が分からないと首を振った遥斗は圭花の罠へと誘導する様に、露草の言葉に従った。
　彼が光れと念じれば獣の頭が輝く。奇妙な程に遣われたその能力の意味を解らないまま、彼は竹刀を振り下ろす。
（獣の頭部か、当主を殺したいものの頭部よ……光れ！）
　身を張ってでも全員を護ると露草は前線へと飛び出す。
『毒があるもの』『危害を加えようとするもの』とパターン分けをして幾度も念じる露草は獣による被害を幾らか減らそうと尽力した。
　彼の姿を見詰め、その援護をしようと遥斗は竹刀を振り下ろす。
　獣を怯ませる事が適った突風に確かな感覚を抱きながら遥斗が息をつく。彼の作り出した風は赤い雨を裂いて、蒼褪めた月の光りを煌々と浴びせる様だった。

　