終末救世主　～寄る辺なき悪意と蒼い月～｜リアクション

終末救世主　～寄る辺なき悪意と蒼い月～

　百目鬼邸では、冷静に周囲を見回す修が敵襲へと対応すべく策を巡らせていた。
　影武者として辰彦を狙う相手の隙を見出すと言う実験染みた行為を批判する辰彦は彼らの年齢がまだ若い事を危惧していたのだろう。
（少年であるから心配する？　舐められたものだな……）
　自嘲する笑みを乗せ、室内へと入り込んでくる獣が喉を鳴らす。
　僅かな血の香り、辰彦の良服に身を包む修は後ろ手に短刀を握りしめゆっくりと立ち上がる。
「百目鬼家当主の御前だと知っての狼藉か？」
　ぐぱり、と牙を見せ、噛みつかんとする獣の足を止めるが為に、修は意識を集中する。
　僅かな隙を見せる事となるろっこんを支援する様にサキリが小太刀で獣を迎撃した。
　獣の数が多く、屋敷の中に撤退したサキリにとって『統制がとれた』獣達の様子は脅威そのものだ。
「獣とはどんな敵か楽しみにしてたけど、人狼って言葉が良く似合うよね――？」
　唇に笑み乗せて、地面を蹴るサキリが一打獣へと加える。
　彼が後退し、刃を構えなおした時に畳が『分解』され、盾と変貌してゆくのが見えた。
「若者よ、これで退避を――」
「廊下の奥の座敷なら誰も踏み入れてないみたいだよ」
　サキリと修の声に耳を傾け、己も戦うと霊刀を手にした辰彦に真央が首をふるりと振る。
「駄目なのだ。全部ぶっこんでトライ＆エラーするのが大事だけど、それを実践するのは『修ちゃん』じゃないのだ」
　入れ替わったことで『修ちゃん』と呼ばれていた辰彦は不満げに後退し、部屋と廊下の狭間へと立つ。
「意固地さんなのだ。でも、大丈夫なのだ！　救世主（みんな）は強いのだ♪」
　へらりと笑った真央がスマートフォンを握りしめる。
　取り出したのはサウンドフォト。にぃ、と唇に笑みを零した真央が「こけっこー♪」と冗句めかす。

「さぁて、殺（や）る気十分のお時間がやってきましたのだ。
　猫鳴館の裏で鶏飼ってるのだ、これはてば崎の子供のラン卵なのだ。
　朝のお掃除中に友達と一緒に撮ったのだ。かわいいのだ？」
「あ、ああ……」
　低い声音で頷く辰彦に真央が嬉しそうに笑みを乗せる。天真爛漫な少女を護らなくてはと辰彦が霊刀を握りしめれば――真央は『必要ないのだ』と言う様に微笑んだ。
「音声立ち上げすると、てば崎の目覚めの大音声が入ってるのだ。
　獣は夜の生物なのだ。古典的でも朝の誤認ができれば、きっと大丈夫なのだ」
　るんるん気分で真央は持ち込んだリュックサックからずるりと釘バットを二本取り出す。
　余りに奇妙な造形に少女を護るという気も薄れたのか口角を引くつかせた辰彦はどうしたものかと真央へと視線を送った。

「朝なのだー！！　おはよーなのだ！！！」

　ぐしゃ、と音を立てて殴りつける真央。「にゃにゃにゃがおー！」と叫ぶこと無く、その手で何時もより多く喋り、多く殺って見せますと言わんばかりの彼女の仕草に辰彦は考える事が出来る時間が出来たと修の背中へと声を掛けた。
「知能の低い獣は君の実験の通り、私と君を誤認し後木君の『鶏の音』に反応を示した。
　しかし、知能の高い獣は君達を『危険因子』と認識しても『百目鬼辰彦』だと認識はしていないようだ」
　冷静な言葉に修はその意味を知る。
　ラン卵の音声で撤退しなかった『獣達』は皆、ろっこんを使用するサキリを狙い、分解という直接的な攻撃に及ばぬ修を二の次にしている。
「……当主より先に俺達を除外しようとしている――？」

　