【お正月】日が落ちるまで｜リアクション

【お正月】日が落ちるまで

　ゆるやかな家出の果てに深林真瞭が降り立ったのは、シーサイドタウン駅。
　憂いを少しばかり温泉の湯に溶かして流し、そろそろ星ヶ丘のセカンドハウスに――三日ばかりいついていた宿を引き払い、山の麓、登山道入り口にたどり着くまでは、真瞭としてはそのつもりでいたのだ。
　いたのだが、年末年始のコンサートラッシュのために初詣もしていなかったな、と思い至り、寝子島神社へと立ち寄った際のこと。
　「寝子島で今もっともＨＯＴな話題ですよ」と楽しそうに語りあっていた高校生たちの会話。
　その華やいだ声に、ふと気が向いたのだ。
　ただそれだけではあったものの、そんなふわふわとした午後を過ごすことが、今の自分には必要なのかも。そんな思いがあったのも事実だ。

「……2か所目、ねぇ……どこかしら」
　ねこでんに軽く揺られ、目に入った海の輝きに惹かれ、なんとなく降りたシーサイドタウン駅。
　そこから海に向かって、ふらふらと歩き出す。
　木天蓼大学を横目に見ながら海沿いにゆっくりと星ヶ丘の方面へと歩き出す。
　太陽は中天をとうに過ぎ、やや傾きかけた冬の陽ざしは、海岸沿いの冷たい風を、少しだけ緩めてくれている。
　猫ヶ浜海岸では柔らかな砂の感触を味わうかのようにゆっくりとあるき続け、また舗装された道に出て。
　いつのまにか辿り着いたのは、エノコロ岬だった。

　ふと見上げた視線の先にあるのは、展望台。
　その姿を見上げ、そこから岬の突端へと視線を向ける。
　普段はちらほらと人影が見えるものなのに、今は誰もいない。
「なんだか、二時間サスペンスみたいね……」
　憂い顔の女が一人、冬の岬の展望台から、海を眺めている――テレビでよく見るシチュエーションに思わず苦笑を浮かべるものの、内面にまだ憂いが残っていることは、事実だった。
　コンマスを務める楽団の内部闘争。
　良い演奏を求めてたどり着いた場所のはずなのに、真瞭が感じるのは、微かな異音。
　一流の演奏家達の奏でる、時に華麗な、時に凄烈な、時に荘厳な調べに僅かに混ざる亀裂の音。
　コンマスとして、強く気高く、内紛による火の粉を払いのけながら、凛然と立つ。
　そんな彼女だからこそ、その少しばかりの違和感が、耳に障る。
　だからこそ、舞い込んでいる移籍話にも、心が揺れる。
　目の前に広がる冬の海は、うねりが高い。
　穏やかに見えても、その内部では様々な力が働いている。
　まるで己の心中に重なってくるかのようで、ふと気づくと、とても長い時間そんな海を見ながら立ちつくしていたことに気付く。

　ゆっくりと、海へ沈む夕日に照らされて、真瞭の白い肌へ、朱が挿していた。
　――いつのまに。
　何を願うのか、それすら定かではない。
　けれども、大きな決断が目の前に迫りくることは、ひしひしと感じている。
　沈みゆく夕日を見ながら、真瞭は一度、目を閉じた。
　数秒。
　目を開くと同時に、彼女は市街へと足を向ける。
　そろそろ、家へと帰らねばならない時間が近づいていた。

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