悠久の時の彼方へ～信州に真田あり｜リアクション

悠久の時の彼方へ～信州に真田あり

「借りた刀は、一旦ここでお返しするべ」
　鈴野海斗は腰に差した日本刀を外し、手早く追撃の準備を始めた。
「長巻と、馬一頭を借りれねえべか」
　馬の乗り方に自信があるわけではないが、長巻を構えた鎧武者が襲ってくるのはそれだけで士気をくじくはずだ。
　背中を見せた徳川勢に、勢いづいた真田勢が雄叫びをあげて襲いかかった。形成は逆転したかに見える。しかし、前線で追撃を始めようとした御剣刀は、城の異変に敏感に気づいていた。
「このタイミングで狼煙が上がるはずなんだが―――何かあったか？」

「狼煙にすべて火がつかないだと！」
　真田信繁は、家臣の報告に耳を疑った。
「粗悪なものが混じっているのではないか？予備のものは使えぬのか」
「それが、蔵に保管してあるものすべてが駄目になっております……。昨晩見たときには異常はなかったのに……」
「間者を使ったか？いつの間に……」
　信繁が首を傾げる。一方、傍らに控えていた築地哲は自身の失態に気づき、苦渋の表情をしていた。
「……僕の責任です。『あの人』の仕掛けを予期できなかった」
「手段だの責任だの、つらつら考えておる時間はなかろう」
　冷静に、しかし張り詰めた声で真田昌幸が言った。
「戦には予期し得ぬ事態はつきものである。皆で知恵を出すのじゃ」

「狼煙が不調？なら、これを高くあげよう」
　非常事態を聞きつけた女川智火は、手元の凧を示した。
「合図の狼煙の色に合わせて、色を塗ろう。後は察してもらうしかないね」
「ワタシの力も使って、できるだけ高くあげましょう！」
　クルジッカ・ヘルマゴルも申し出た。
　異様な黒褐色に塗られた一番大きな凧が、風を受けて晴天に舞い上がった。

「打ち合わせたタイミングを過ぎたのに、狼煙が上がらない。これは、何かあったな」
　城内の混乱を察した御剣刀は、確信を持った。
　絶対的に不利な人数差、敵の能力強化。退却戦は本来難しいものだが、敵の運動能力が増強されている以上、すぐに盛り返してくるだろう。策が決まらなければ、こちらが蹂躙されて終わってしまう。
　その状況下での策の遅れは、士気に関わる。いつまでも援軍が来なければ、戦意を喪失する奴が出たっておかしくない。
「あいつらなら、すぐ何とかしてくれるはず。それまで時間を稼ごう」
　刀は腹をくくった。無理をしてでも、相手の足を鈍らせて味方を鼓舞するのだ。