悠久の時の彼方へ～信州に真田あり｜リアクション

悠久の時の彼方へ～信州に真田あり

「兵力の差は歴然。だからこそ、真田の兵は減らしちゃ駄目なのです」
　椿美咲紀は、建物の陰に身を隠し、味方の状況を確認した。一連の小競り合いで、真田勢にも負傷者が目立ち始めている。
「戦は、いかに兵を減らさないかも重要なのですよ」
　ろっこんの発動に必要な花はいつでも持っているし、城内で摘んだ花を使ってもいい。敵に見つからず、かつ倒れた負傷兵の見える位置で、美咲紀は花を持って舞を踊った。美咲紀の視界にいる負傷兵の傷が、ろっこん〈舞花の祈り〉の力で癒えていった。
「私から負傷者が見えていさえすれば癒せます。真田は、回復力で対抗するのです！」
　傷が回復した雑兵が一人、槍を携えて立ち上がった。
「傷が……これは一体どうしたことか……」
　美咲紀は舞を止めないまま、味方を懸命に鼓舞した。
「皆で頑張るのです！ここが踏ん張りどころですよっ！」
　一部始終を見ていた兵が、驚きの声を漏らした。
「なんと不可思議な……舞で傷を癒すとは」
「真田の兵を減らさないことで、味方を有利にしたいんです」
　美咲紀はそう言って微笑んだ。兵士が賞賛を言葉にする。
「花の舞で兵を癒す―――〈花の舞姫〉とでも呼ばせていただこうか」

「―――来たか」
　八神修は、矢窓から敵兵の影を視認した。場所は、二の丸を守る空堀に差し掛かるところの道だ。相手を十分に引きつけ、堀の手前で速度を落とした機会を狙う。
「撃て！」
　塀の上や建物の屋根などに、道を取り囲む形で潜ませていた火縄銃が火を噴いた。
「機動力の差は、私が補いましょう」
　塀の上から隘路を見下ろす常闇月の手元には、木と布で作った簡易のスリングショットが据え付けられている。高所から、できれば小隊を束ねる足軽大将クラスの者を狙い撃てば、相手に立て直す隙を与えることはない。下手に殺傷することを狙わず、足を怪我させることを念頭に置いている。騎兵がやって来たら、馬を狙おう。
「動けない歩兵は邪魔にしかなりませんから」
　拳大の石でも、勢いよく当たれば大きな脅威になる。
　今度は、老兵や年少の兵が屋根の上から熱湯を浴びせかけた。椿美咲紀が中心になって、熱湯を用意しておいたのだ。そうしている間にも、鉄砲隊は弾込めを終え、更に死傷者の山を築こうとしている。
　しかし、徳川勢もさるものである。幾多の飛び道具すらくぐり抜け、十数人ほどの兵が堀を越えようと試みた。体力が増強された影響か、敵兵はかなりしぶとい。
「火を落とせ！」
　修の指示で、堀に火種が落とされた。堀の底に撒かれた油に引火し、敵勢はたまらず退却する。石垣があるので、火が出ても城の建造物には延焼しない。

　雨のように絶え間なく降ってくる石ころや熱湯や鉄砲玉に、徳川勢の進撃が鈍る。修は、続けて追い打ちをかけるべく息を止めた。
　隘路の各所に運ばせ、転がしてあった石材が〈分解〉された。粗く数個に分解された岩の塊が浮き上がり、敵勢の上から落ちる。小さめに分解された岩は、壁のように積み上がって徳川勢の行く手を阻んだ。
「妖術か？」
　徳川勢の先鋒五、六百の部隊に動揺が広がり、浮き足立ってきているのがわかった。
「怯むな、かかれ！」
　徳川勢の先鋒を束ねる侍大将は、なおも部隊を立て直そうと采配を振るう。ところが、号令をかけた瞬間、兜に強い衝撃を受けて倒れ伏した。足元に、一筋の煙を放つ鉛玉が転がる。
「大将が撃たれた！」
　火縄銃の弾が届かないはずの位置にいた侍大将が狙撃され、徳川勢の混乱は頂点に達した。