悠久の時の彼方へ～信州に真田あり｜リアクション

悠久の時の彼方へ～信州に真田あり

「お見事！」
「つっても、威力の減衰が大きいから兜も貫けないけどな」
　それは本物の雑賀孫市にやってもらえばいい。目的を達した夜海霧楓は、少し表情を緩めた。
「号令をかけたり、采配を振るったりすれば撃たれる。殺傷できなくても、恐怖を植え付けて、多少なりとも行動を遅らせられればそれでいい」
　撃たれた侍大将が立ち上がり、兵たちを叱咤しているのが遠目から見える。
「あそこから撃ったか！撃ち返せ！」
　敵将も、物見櫓にいる楓たちの存在に気づいたようだ。
「危ない、撃たれますぞ」
　見張り役の付き人に言われても、楓は平然としていた。
「高低差と風の壁がある。伏せてればまず当たらん、気にすんな」
　大将の制止にも関わらず、敗走する雑兵が目立ち始めた。徳川の先鋒の指揮系統は、ほぼ崩壊したように見える。
「頭が撃たれたっつー事実は、一気に混乱を引き寄せる。ちょうどいいタイミングだったな」
　楓は静かに、しかし満足気に呟いた。

「徳川勢の先鋒、壊乱！」
「うむ―――押し返せ。全軍、一気に打って出よ。戸石城に向け、狼煙を上げい」
　真田信繁から報せを聞いた真田昌幸は、具足を鳴らしながら立ち上がった。真田勢の反撃が、満を持して開始されるのだ。

「風向き良好、と。よし、上げていいよ」
　女川智火が合図を出した。徳川勢の退路を絶つため、弓兵隊が城下町に火矢を射掛ける。その目標として、急増の凧が一斉に空に浮き上がった。
「ワタシが補助しますよ！」
　クルジッカ・ヘルマゴルが呪文を唱え、ろっこん〈魔女の見えざる手〉を発動させる。最も大きな凧が持ち上がり、更に空高く舞い上がった。

「本当に、そんな術が使えるのか？」
　訝しげな味方の兵に、常闇月は答える。
「先ほど試しましたから。私はしばらく気を失うので、私の体は適当な場所に隠しておいてください」
　月がろっこん〈ドールダイブ〉を発動させるとともに、彼女の意識はその肉体を離れた。

　退却途中の徳川軍の雑兵は肝を冷やした。道の隅に転がっていたはずの藁人形が、突如起き上がったからだ。動く藁人形を見た敵兵たちは、我を失って逃げ出した。