心の中の曲が聴こえる｜リアクション

心の中の曲が聴こえる

　参道商店街を握利平が制服姿で弾むように歩いていた。頭に乗せたヘッドホンからは賑やかな音が聞こえてくる。視線は自由に店舗を巡っていった。
　突然、見えない壁に衝突した。不自然な止まり方で利平は横手に用心深い目を向けた。
　古い店があった。薄汚れた感じで古く、煤けた看板には『レコード店』と素っ気ない手書きの文字が書かれていた。
「こんな店があったのか？　寝子島のレコ屋は全部回ったと思ってたんだけどな……」
　不審に思いながらも頭のヘッドホンを首に引っ掛けた。利平は赤茶けたポスターが何重にも貼られたガラスのドアを開けて中に入っていった。
　一目で狭いと感じる店内は四列のワゴンのせいかもしれない。中にはレコードが詰め込まれていてカラフルな壁に見えた。壁際には薄い本棚が設置されて、レコードジャケットの全体が分かるように並べられていた。
「おおっ、マジかよ。和洋のレコードが揃ってやがる。これはありがてえ」
　興奮した少年のように利平は喜びを爆発させた。近くのワゴンに顔を寄せて激しく目を動かす。
　その時、曲が流れてきた。
「この曲は確か……ロッテダムのクリメイス」
　子供達が無邪気な声で歌う。そこに機関銃が乱入した。凄まじい銃撃で和やかな雰囲気を一掃する。
　影響は利平の周囲にも及んで撃ち抜かれたガラスのように砕け散った。細かい破片は小さな白い粒となり、曇天からひらひらと舞い降りる。
「えっ、なんで外？　雪とかおかしいだろ」
　利平は凍り付いた。瞬間、言葉まで失った。
　民家に寄せるようにして引越し業者のトラックが停まっていた。エンジンは掛かっている。少し離れたところに二人が立っていた。
「……中二の頃の俺じゃねえか」
　近くで見ている利平に気付かないのか。二人は向き合っている。
　少年の頬は少し赤らんでいた。下ろしていた右手を強く握り締めて、彼女の柔らかい微笑みに立ち向かう。
「や、やめろって」
　利平は少年の目の前で手を振った。しかし、動じることはなかった。真剣な目は彼女だけを見ている。
「ずっと……憧れてました！」
　少年の声に利平は天を仰いだ。
「利平君は私のどこに憧れてたの？」
「えっ、それは……綺麗で、それに優しくて……それと、おしとやかっていうか」
　少年は指を折り曲げながら言った。
　彼女は後ろ手に持っていたレコードを差し出した。
「コレを聴いても、まだ、そう思っていてくれるかしら？　私の一番好きな曲なの」
　少し顔を突き出すようにして、少年は恐々と極彩色なレコードを受け取った。英語は外国の曲を思わせた。
　利平の耳に子供達の歌声が戻ってきた。再び機関銃が場を掻き乱し、等しく世界は砕け散った。
「またかよ、って戻ってきたのか？」
　利平は本屋の前に立っていた。自動ドアは開いている。右手のレジの店員が訝しげな目を向けてきた。
「そうか、財布を家に忘れてきたんだっけ。これじゃあ、本は買えないな。残念で仕方がないぜ」
　早口の棒読みで利平は踵を返すのだった。

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