授業が始まる前の朝の教室は賑やかで笑顔が絶えない。昨晩のドラマの話であったり、誰かの恋愛の話には揃って黄色い声を上げた。
その中、少し声を抑えた話し方で盛り上がる者達がいた。
「二年のバンドをやってる先輩が遭遇したらしい」
「三年のピアノをしている先輩もだって」
「俺は一年でギターをしているヤツが出会ったって聞いたぞ」
「そうなの? あたしはフルートが得意な先輩の友人から聞いたんだけど」
生徒達が口々に言った。そこには共通して一軒の店が挙げられた。
『彷徨えるレコード店』
参道商店街にある本屋が、時にレコード店に変化するのだという。通り掛かった者の耳には懐かしい曲が流れてきて、当時の自分に出会うことができるらしい。その内容は人によって違うのか。早口で大雑把に話す者もいれば、頑なに口を閉ざす者もいて、詳しい情報は伝わっていなかった。
話は突然に現れるレコード店に移っていった。
「私のおばあちゃんが言ってたんだけど、あの本屋の前にはレコード店があったらしいよ」
「それ、あたしも聞いたことがある。おばあちゃんが一人でやってたんだよね」
立ち聞きしていた男子が横から言った。
「当時、商店街にレコード店は珍しかった。和洋の音楽を広める為、外にスピーカーを付けて流していたんだ」
全員の目が一人に集まる。図書室の資料で目にした、と照れ臭そうに言った。
ふんふん、と
夢宮 瑠奈は側で頷いていた。近くの席には
笛吹 音花がいて鞄から教科書を取り出している。
関心のなさそうな音花に瑠奈は笑顔で歩み寄る。
「なんか音楽に関わりのある人が会えるみたいだねぇ~」
「えっ、あ、そうみたいですね」
いきなり話を振られた音花は驚いた。黒縁メガネの位置をやたらと気にして視線を逸らす。
「あたしは素敵な曲に出会って、アイドルを目指しているの。だから、お店に出会えるかも。あなたはどう?」
「え、私ですか。私はクラシックは好きですが、どうでしょうか」
「きっと会えるよ。だって音楽が好きなんだから」
瑠奈は笑顔で言い切って、放課後が楽しみ~、と歌うように言った。
「……私は――」
音花は戸惑う表情で声にならない言葉を口にした。
今回は参道商店街で、一店舗という限られた場所が舞台となります。
普段は忘れている記憶。音楽によって鮮明に思い出したことはありませんか。今回はそのような身近な話を題材にしています。
皆さんはどのような音楽で、どのような過去を思い出すのでしょうか。現実にある曲名を自分なりにアレンジして、過去を振り返ってみてください。より深い自分を知ることで得られるものがあるでしょう。
強い想いは別の扉を開けるかもしれません。その時には話し相手になってください。お店の真実が語られることでしょう。