心の中の曲が聴こえる｜リアクション

心の中の曲が聴こえる

　図書室を出て商店街に訪れた時には、かなり太陽は西に傾いていた。急ぎ足の刀に夕焼け小焼けの曲が流れてきた。
「懐かしいなぁ」
　見る間に空は鮮やかな色で燃え始めた。時間の流れが早く感じられる時間帯であった。
「それにしても、少し早過ぎないか？」
　前方にレコード店を見つけた。出会える機会は多くない。刀は迷いなくドアを開け放った。
　中から燃えるような色が溢れ出した。その中で少年が一心に木刀を振るう。正面には姿勢の良い老人が厳しい眼で相対していた。
「まさか、再び祖父と会える日がくるなんて」
　刀は二人の遣り取りに目を注ぐ。
「一閃にぶれがある。一振りも疎かにしてはならん」
　祖父の言葉に苦しい息の中、はい、と少年は腹からの声を出した。
「そこまで！　最後の一振りは見事であった」
　祖父は大きな手で少年の頭を撫でた。照れ臭そうな顔が夕日の中に溶け込んでいく。
　蛍の光が厳かに流れてくると、場面は小学校の卒業風景を映し出した。刀は卒業生を見送る列に加わっていた。対面には紋付き袴の祖父がいた。卒業生が参列者の作った道を堂々と行進する。
「刀、卒業おめでとう」
　祖父は頬を濡らして惜しみない拍手を送った。少年は目に涙を溜めて通り過ぎた。その後ろ姿に何度も頷いて、立派になったな、と感極まった声を絞り出した。
「俺の方こそ、ありがとう」
　刀は弟子として深々と一礼を果たした。顔を上げるとレコード店の前にいてドアは閉まっていた。
「まだ消えてはいない」
　刀は思い切って中に入っていった。

　狭い店内には先客が二人いた。刀は目礼のあと、口を開いた。
「君達も『彷徨えるレコード店』を目当てできたのか？」
「俺は成り行きだ。自分の原点を見せられて、迷っていた将来のことで少し楽になれた」
　修は優しい目をして言った。近くでレコードのジャケットを眺めていた天野に話を振る。
「僕も似たようなものだよ。本当は本屋に用があってきたんだ。過去に失った大切な人に会えて、今はありがとうの一言を届けたいと思っているよ」
「そうか、俺も亡くなった祖父に会えた。個人的に感謝している。それと店主には、このような現象を起こした理由も聞きたい」
「いらっしゃいませ」
　ほぼ同時に三人は奥まったところに目をやった。
　丸椅子に座った和装の老婆が、にこやかに笑っていた。三人の驚いた様子を和らげるように手を振る。
「嫌ですよ、そんな幽霊でも見たような顔をしては」
「……幽霊ではないのですか？　亡くなられたあとにレコード店が取り壊され、それが未練となって、現世に現れたのでは」
　刀は老婆の顔色を窺うように言葉を紡ぐ。相手は気にした様子もなく微笑んだ。
「あたしは今日、帰ってきたばかりで、ただただ良い思いをさせて貰っていました」
　会話が微妙に噛み合っていなかった。その中、天野が柔和な顔で話を切り出した。
「僕は大切な人に会えました。ありがとうございます」
「それは良かったですね。あたしも音楽の効果を実感できて、とても嬉しく思っています」
「あなたの願いは、すでに叶えられたということなのですか」
　修は老婆に真摯な目を向けた。うんうん、と無垢な子供のように何度も頷く。
「あたしは音楽が好きでね。みんなにもっと聞いて貰いたかった」
　言いながら老婆は頭を左右に振った。
「それだけではないね。忘れた記憶だって音楽が思い出させてくれる。聞く者に勇気を与え、今を大切に生きよう、なんてこともある。未来だって切り開く力があると、改めて教えて貰ったよ」
　老婆は深々と頭を下げた。三人は慌てた調子で口々にお礼を述べる。
「このお店がみんなに、音楽の素晴らしさを教えてくれたんだよ。あたしは音楽を広めるついでに、少しは儲けも考えていたくらいで」
　自分の本音に老婆は声を上げて笑った。辺りに反響して三人の身体が揺れ始める。突然の睡魔に襲われたかのように次々と瞼が閉じられていった。

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