家出日和な冬の日に｜リアクション

家出日和な冬の日に

　白菜の芯と人参と大根は小さな小さな前脚に持ちやすいよう細長く切って。今日は家庭菜園で採れたての水菜も分けてあげよう。南瓜は茹でて冷まして。
　用意した餌の野菜を鼻歌まじりにハムスター用の小皿に盛り付け、椿美咲紀は顔中でにっこり笑う。こっちの皿は賢いマサキに、こっちの皿は元気なアキに。
「あ、うーん……」
　でも、一緒の皿にした方がいいかもしれない。そうした方がかわいいハムスターたちが押し合いへし合いしながら仲良く身を寄せ合ってご飯を食べる可愛い可愛い様子が堪能できるかもしれない。
「よし、そうしましょう」
　大きくひとつ頷いて、少し大きめの皿にハムスター二匹分の野菜をまとめて入れる。
「マサキー、アキー」
　ハムスター用のご飯を大事に抱え、星ヶ丘寮のキッチンからリビングへ、ポニーテールの黒髪を揺らしてスキップで戻る。
「ごはんだよー」
　自室の机に置いたハムスターのケージを覗き込んで、
「はれれ？」
　美咲紀は黒い瞳を子猫のように見開いた。
　ケージに満遍なく敷いた藁の中にも、砂トイレにも回し車の中にも、小屋の中にも、どこにもマサキとアキの姿がない。
「なんと！」
　野菜皿を手にケージを開けようとした格好のまま、美咲紀は驚きの声を上げる。念のためもう一度覗き込んでも、中はもぬけの空。
　どうやら逃げたらしい。
「これは大事件なのです！」
　言いつつ、反射的にスマートフォンを取り出し空っぽのケージを撮ってしまうのは、新聞部の悲しい性というものだろうか。
　スマホ画面に映し出されたケージの扉が開いている。
　かわいいハムスターは頭もいい。
　賢いマサキが開けたのか。
　落ち着きのないアキが開けたのか。
「推理は後なのです！」
　うっかり考え込んでしまいそうになって、美咲紀はポニーテールをぱたぱた揺らして頭を振る。
「探さなきゃなのです！」
　マサキもアキも小さい。家の外に逃げられてしまえば捜しようがない。
　寝子島には猫が多い。烏だって犬だっている。
「はわわわ」
　最悪の事態も想像してしまいそうになって、また大きく首を横に振る。
(早急に！)
「早急に拘束しなくては！」
　スマートフォンをポケットに仕舞い、野菜皿をケージの前に置く。開けっ放しのケージの扉をじっと見つめ、深呼吸をひとつ。
「こ、こここ、ここは落ち着いてですね」
　深呼吸しても収まらない動揺をどうにもできず、ぐるぐると周りを見回す。夜に遊んだ後はきちんとケージに戻した。マサキは小屋に潜り込み、遊び足りないアキは回し車で走っていた。朝起きて、二匹のご飯を用意するためにキッチンに向かったときにも、二匹の姿は確認している。
(居ました！　居ましたとも！)
　自室の扉は固く閉まっている。
　となれば、脱走犯二匹はこのリビングに潜んでいる可能性が高い。というか、潜んでいてくれなくては困る。泣いてしまうかもしれない。
　しばらく考えて、美咲紀はやおら野菜皿の上の人参と大根を一切れずつ手につまむ。
「マサキ、アキ、」
　努めて明るく声を弾ませ、姿の見えない二匹に呼びかける。
「ご・は・ん、だよー」
　どこかから見ているかもしれない二匹に見せびらかすように野菜を振り振りしてみても、
(……反応、ありません！)
　しんと静まり返る部屋でがくりと肩を落とす。
(あぁん、前脱走した時はこれで出てきてくれたのに)

　掌の熱で萎れてくる野菜を皿に戻して束の間嘆き、頑張って気を取り直す。あの子たちが潜り込んで隠れそうなところはどこだろう。
「マサキ、」
　考えながら、ソファの下を覗き込む。朝陽に満ちるリビングは、暗くて狭いところが好きなマサキとアキには眩しい上に広すぎる。
「アキー？」
　ローチェストの裏側、テレビキャビネットの隙間。
「うう、……」
　家具の隙間をごそごそ探しながら呻く。リビングは案外隙間が多い。
　広いリビングにあちこちにある狭い隙間をひとつひとつ覗き込む。一通り探して、もしかしたら見落としたのかもしれないともう一度見て回る。
「はううん、見るとこいっぱいなのです」
　溜息まじりに嘆いても、二匹は見つからない。時間ばかりが過ぎて、気づけばもう昼前。
「マサキ、アキー」
　ほとんど泣き声で二匹を呼んで、ぺたりと床にへたりこんで、気付いた。ローチェストの天板の上、シュシュを入れているミニバスケットの中、カラフルなシュシュに埋もれ、小さなハムスターたちが仲良く丸くなって寝ている。
「もう、脅かさないでー」
　安堵のあまり涙目になりながら、美咲紀はそっと二匹を覗き込む。とっても心配したけれど、二匹のこの姿を見てしまえば怒る気も失せてしまう。
(良かった！)

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家出日和な冬の日に

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