メリーさんのお手伝い大作戦、なの｜リアクション

メリーさんのお手伝い大作戦、なの

　好天に誘われたのか。三宅葉月はふらりと星ヶ丘寮を後にした。ウェーヴの掛かった長い黒髪には漆黒の蝶、レースのリボンが付けられていた。洋服は夜が染み込んだようなゴシックロリータ。部分的に配した白いフリルが光って見える。
　葉月は憂いを帯びた翡翠色の瞳で適当に歩く。街中の賑わいを背にして進むと青い海が見えてきた。心なしか足取りが軽くなる。肩に掛けたトートバッグの上部からは待ち切れない様子でスケッチブックが顔を覗かせていた。
　海岸沿いの道に出た。穏やかな海を横目に葉月は隣接する寝子ヶ浜海浜公園に足を踏み入れた。定まらない視線で奥へと向かう。
　少し表情が動いた。葉月は誰も座っていないベンチに腰掛ける。海が一望できる絶好の場所であった。早速、トートバッグからスケッチブックを取り出した。続いて奥深くに手を入れて少し首を傾げる。
「……色鉛筆がない？」
　探る手を止めて目を伏せる。微かに溜息が漏れた。静々とスケッチブックを元に戻すと眠るように瞼を閉じた。
　――道具の要らない心の中で描けばいい。
　意識をゆっくりと裡に潜らせていく。
「どうしてスケッチブックに絵を描かないの」
　間近の声に意識を引き上げられ、葉月は目を開く。着物姿の女の子が愛らしく首を傾げていた。
「……あなたは誰？」
「あたしはメリーさん。困っている人のお手伝いをしているの」
「そう、なのね。私、色鉛筆を忘れて来て困っているわ」
「でも、スケッチブックはあるの。折り紙をすればいいの」
　女の子は堂々と言い切った。葉月は少しの間を空ける。徐にスケッチブックから一枚を千切り取った。
「試しにどうぞ」
「鶴を折るの」
　ベンチを机にして女の子は画用紙に挑む。正方形にする目的で何度も折り目を付けて切り取った。
「うまくいったの」
　鶴に必要な折り目を入れていく。折り曲げる段階で急に鼻息が荒くなった。反発する画用紙を掌で思いっ切り押した。更に上に座って執拗に弾む。
「これでちゃんと折れるはずなの」
　立ち上がって見ると、紙くずのような物が出来上がった。女の子は柏手を打つように軽く掌を合わせた。
「画用紙で鶴は折れないの」
「そのようね」
「ちゃんとした折り紙を持ってくるの」
　女の子は突風の早さで姿を消した。葉月の反応が僅かに遅れた。
「どういうこと？」
　何もない空間をじっと見る。手を伸ばして何もないことを確認した。葉月はベンチに残された紙くずを手に取った。
「幻覚ではないみたいね」
「ただいまなの」
　前触れなく女の子が現れた。大量の折り紙を胸に抱えていた。全部をベンチの上に広げる。単色の中に柄の入った物が含まれていた。
　葉月は一枚を摘まみ上げた。指で感触を確かめる。
「これは和紙なのね」
「そうなの。これはハサミなの」
　葉月に鋏を手渡した。同じ物を女の子も持っている。
「折り紙に鋏が必要あるのかしら？」
「折り紙で切り絵をするから必要なの」
「それなら鋏を使うわね」
　葉月は女の子の流れに乗った。逆らわないで心の赴くままに行動する。
　折り畳んだ折り紙に二人は直感で鋏を入れる。切り屑は葉月が手で集めてトートバッグに入れた。
「出来たの」
　女の子は折り紙を広げた。異国の絨毯の模様を思わせる図柄が表現された。
「私も完成したわ」
　黒い折り紙の上に広げる。細かい切り口は万華鏡を思い起こさせた。
「とても綺麗なの。あたしとキャラが被っているだけのことはあるの」
「被っているかしら？」
「今度は合作なの。夜空に打ち上げる花火みたいなのがいいの」
「いいわね」
　折り紙の角張った部分を丸く切り取り、二人は競うように鋏を入れる。大玉や小玉の花火が冬の季節に次々と打ち上げられた。
「なんか楽しいの」
「今度はちぎり絵をしてみようか」
「してみるの」
　二人は創作を通して打ち解けていった。

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