天使と悪魔のロマネスク｜リアクション

天使と悪魔のロマネスク

果樹園『チエノミ』（４）

「あ！　いつぞやの、すっげ青い人！」
「……私の名前は、浮舟だ」
　冗談が過ぎると、為にならんぞ？　と浮舟久雨がじろりと辛辣な視線を浴びせようとも、信楽世平は飄々として、気にするそぶりも無い。
　もっとも、悪魂石の欠片を探す久雨は、天界においてもそれを悪用せんとする不届き者を警戒し、周囲へも同じく厳しい瞳を巡らせている。何かしらの危険を察知したなら、すぐにも彼女のろっこんが打開策を知らせてくれるだろう。
「例の石、こん中のどっかにあるんでしょ？　ま、あっしらはあっしらで食いやしょうかね」
「そうだな……何か、妙な効果がある実らしいが」
　大食漢な世平は食べる気マンマン、躊躇するそぶりもないが、先ほどから周囲で実の効果に振り回されている人々を目にしている久雨としては、いささかのためらいは隠せない。
　しかしすぐにも、
「よ、よし。食べるぞ……い、いただきます」
「いっただっきや～す♪」
　久雨はイチジクらしき実を、世平はド派手なスターフルーツのような果実を、同時にぱくり！　頬張った。

　数分後。変化は如実に現れていた。
「みっ……見るな……！　私を見ないでくれ……ッ！」
「おや、舟さん。どうかしやしたかね？」
　いつの間にやら久雨の顔は、これでもかと真っ赤に染まっていた。果実もかくやといった、見事な朱色だ。
「あー。これは、『猛烈に恥ずかしくなる実』を食べたみたいニャ」
「おねえさん、大丈夫かニャー？」
　なんてねこたちが心配して、きらきらとした瞳で覗き込んでくるのにも、久雨は、ぼわっ！　湯気でも吹き出しそうな勢いで赤みを増し、
「だだだ、ダメだ……！　はっ、はずかしっ……恥ずかしいからぁ……！　イヤだぁ、見ないでくれぇ、頼むからぁ！」
「あっはっは、こいつは楽しいなぁ♪」
「楽しんでる場合かーっ！」
　からからと笑う、世平はと言うと、
「いやいや、こりゃ面白ぇですよ？　ほれほれ、ぐにょーん」
　『身体が柔らかくなる実』を食べて、ぐんにょり。ぐにゃぐにゃ！　まるでやわらかいゴムのように曲がって伸びるようになった身体で、くねくねと遊んでいる。
　ついでにうにょにょーん、久雨の真っ赤っかな顔を覗き込んで楽しんでいたら、
「み……み、みみっ」
「みみ？」
「見るなあーーーっ！！」
　ぼかーん！　と羞恥に耐え切れず、爆発のごとく叫んだ久雨。
　今にも暴れ出しそうな彼女へ、
「おっと、舟さん、どぅどぅー。ふっ！　と」
　にょいーんっと伸ばした腕で久雨の肩を両手で掴み、思い切り息を吸い込めば、世平のろっこんが、久雨の羞恥をぷしゅんと鎮めてくれた。
「……はっ！？　す、すまん世平、あんまりにも……その、恥ずかしくて」
「いいってこと。そんじゃ、次の実いきやしょ、次♪」
「ま、まだ食べるのか！？」
　どうにもまだまだ、彼女の苦難は続くようである。
　その後もふたりの周囲からは、悲鳴や雄たけび、からからと賑やかな笑いが入り混じって響き、絶えることが無かったという。