天使と悪魔のロマネスク｜リアクション

天使と悪魔のロマネスク

大悪魔『エローチカ』（１）

　真っ赤な溶岩から照り返る光を受け、きらめくプラチナブロンドのロングヘア。スタイルは男たちの理想を体現するかのように豊満で、その肉感的なラインを包み込む黒衣は、露出度たっぷり。
　背中で風を切り羽ばたくのは、艶めく大きな蝙蝠羽。腰から伸びる細長い尾の先端は、ハート型。
「この大悪魔『エローチカ』の幻術で、メロメロの骨抜きになっちゃいなさいっ！」
　びしりと茨のようなムチを振るい、指先から放たれたピンク色の波動が、相対する者たちを、ほわんほわんほわん……包み込んでいく。囚われた者は、悪魔の見せる淫らな夢へと浸り、抜け出せなくなってしまうのだという。

　そんなピンクの空間に包まれた横嶋下心は、瞬く間に目の前へ広がった光景に、戦慄……いや、
「す……すごい！　何これすごいよ、いいのこれ！？」
　感動していた。
　数えきれないほど多くの、水着のお姉さんたち。いずれもグラマラスな肢体を誇る極上の美女たちが、我先にと、下心のもとへ駆け寄ってくる。
　むにゅ、むにゅ。むにゅにゅん！　ぐいぐいと押し付けられる、乳！　尻！　ふともも！
「こ、こんなことがあっていいの！？　まるで夢みたいじゃないか……！　お姉さーん、見せて揉ませて触らせてー！　何ならもっとすごいこともさせてくださーい！」
　にへら～、ゆるゆる～んとこの上なく緩んだ顔で、下心は女体の海を泳ぐかのように、全力で堪能！　桃色破廉恥小隊の隊長としては、この至福の時を逃すわけにはいかないのである。
　むにゅ、むにゅ、むにゅにゅん！　動けば触れる、乳！　尻！　ふともも！
「ああ……！　何て幸せなんだ、俺もうここに住むよー！！」
　どこからか、声が聞こえたような気がした。
「な、何なの、この強烈すぎるリビドーは……！　あんまりにも簡単に引っかかってくれて助かるけど、住まれるのは何だかイヤだわ！」

　目の前のこれを、性的嗜好と呼ぶべきかはさておき。人の好みを如実に見せるという幻術の効果は実に十人十色であり、
「わぁぁ……ゆるキャラやぬいぐるみが、たーくさんだぁ♪」
　曖浜瑠樹の見る夢もまた、その欲求に即したものであるのには違いない。
　ねこにうさぎ、いぬにぶた、くまにおおかみ、ライオンやぞうも……愛らしいキャラクターたちが、ダンス！　きらきらと輝くパレードのように踊りながら、瑠樹を手招きしていた。
「わぁ、オレも一緒にいいの？　でも、ごめんなぁ、オレ急ぐんだぁ。ああ、でも和むなぁ」
　ほんわか、ほわわん。小さくとも責任感はあり、魔界に落ちた白魂石を探しに行かなきゃ……とは思いつつ、瑠樹はにこにこにっこり、嬉しそうに頬を緩ませる。
　ついでに自然とろっこんも発動し、ゆるゆるゆる～ん。
「……効いてはいるけど、純粋すぎる！　エッチなのはちょっと早かったみたいね……それにしても、可愛いわねぇこの子ってば。はふん……」
　届いた声も、どこか和んでいるように思えた。

　志波高久はいわゆる、女タラシというやつである。自覚はない。無意識天然のタラシという、これがなかなかのツワモノであったりする。
「女王様気質……というやつか？　なるほど、この世のものとは思えない君の美しさは、高貴だな」
「あら。お上手ね」
　現れた幻覚は、先ほどに見た、エローチカ本人の姿をしていた。特に意識したわけではなく、全ての女性は例外なく褒め倒すのが彼という男であるので、自然とそうなっていた。
　甘いマスクで微笑み、耳元に口を寄せささやく。エローチカも慣れた仕草で、彼の胸元へ指を這わせてくすぐり、腰へ手を回す。
「素晴らしいスタイルだ。この曲線美は確かに、露出の高い服で見せつけたくもなるな。しかし、あえて包み込むのも、悪くないんじゃないか？　清楚な白も、君には似合いそうだ」
「そう？　こんな感じかしら」
　自然にすらすらとそんなセリフを諳んじながら、丸みを帯びた肩へ高久が手のひらを乗せると、エローチカは一瞬にして、白いワンピース姿へと装いを変える。
「ああ……素敵だ。その服も……この髪も」
　さらさらの髪をなぞりながら、ぐいと鼻先が触れそうなほどに顔を近づけ、
「この瞳も。人間とは違った魅力があるな……ただ、ひとつ。残念なことがあるんだ」
「……？　それは何？」
　挑戦的な目線がわずかに揺らぎ、小首を傾げたエローチカへ。高久は、とびきりのスマイルを浮かべ、告げた。
「君が、幻覚であること。俺は君自身の、生身の魅力に触れてみたい……美しく高貴で、そして可愛らしい、本当の君にね」
「…………えっ。えっ！？」
　目の前の悪魔の顔が、ぼわっ！　ゆで上がるように、真っ赤に染まった。

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