天使と悪魔のロマネスク｜リアクション

天使と悪魔のロマネスク

桜の名所『桜源郷』（２）

　回田はつなの表情ときたらもう、きらきら……！　全身から、抑えきれない輝きがあふれんばかりのイキオイである。
「うひ～、桜すごーい！　宴会楽しそう、私もまざる～♪」
「おお、ぶちかわええお嬢さんじゃの～。ほれ、そがぁなとこにおらんと、こっち来て座りんさいや」
「は～いっ」
　やんややんや、桜の下で賑やかな宴会に興じているのは、天使よりもさらにお偉い、そのものズバリ、神さまたち！
　人と変わらない神さま、歩く動物のような姿の神さま、物に魂が宿ったような不思議な神さま……バリエーション豊かな中でも、ひときわ大きい、でっぷりとしたナマズの神さまが、ヒレをちょいちょい。はつなを誘ってくれた。
「私、お酌しちゃいますね～！　ささ、くい～っと一杯～っ」
「おっとっと。こりゃあ、気が利くのぉ♪」
　はつながとっくりを持ち、とくとくと盃を満たしてやると、ナマズの神さまは上機嫌で、くいーっと一気。
「っくぅ～！　お嬢さんのお酌で飲む酒は、格別じゃの！」
「ほんとですか～？　良かった～、うひ～♪」
　神さまはもうべろんべろんに酔っぱらっていて、おまけに今日はいつもと違う新鮮な顔が揃っているとあり、すこぶる上機嫌である。
　そんな神さまたちをさらに盛り上げようと、立ち上がったのは、橘明里だ。
「はいっ！　あかり、曲芸飛行するのなの！」
　今や彼女の背にも白い翼がはためき、その姿はまさしく真なる天使である。ピアノ線で宙釣りになり、針金で蛍光灯のわっかを頭にくくりつけ……そんな涙ぐましい努力が今、本当に報われたのだ。
「おやおや、人間のお嬢さん、お気をつけなさいよ？　桜にぶつからんようにね」
　と、心配そうな和装の神さまの言葉をよそに、明里は、
「大丈夫なの！　あかりはもともと天使なの、だからきっとすぐに、カンを取り戻すはずなの！」
「わ～、頑張ってね～明里ちゃん～！」
　はつなの応援へ、にぱっ！　八重歯をちらりと見せて笑い、明里はしゅばっと空へ飛び立つ。
　翼が生えたとはいえ、飛ぶのは案外、難しい。人はもともと、飛べるようにはできていないのだから……明里もまた、簡単に真っ直ぐには飛べない。ふらふらして、ぐらりとして落ちそうになって、時には枝にごつんと頭をぶつけたりもする。
　それでも明里は、飛び続ける。まるで自分が、生粋の天使であるかのように。にこにこ笑顔、楽しみながら！

「うふふ。ナマズの神さまっていうと、あの時の子ナマズちゃんを思い出すわねぇ」
　おっとりと言った、中村優子。彼女はお酒をいっぱいに満たし、桜の花びらを浮かべた樽へと手を添えて、ろっこんを発動……お酒を素材として、美しい万年桜を表現しようと奮闘中だ。
「うん？　何じゃ、あんた他に、ナマズの神さんの知り合いでもおるんか？」
「あ、はい。以前に、セバスチャンちゃんっていう子ナマズちゃんとお友だちになったんです」
「おお、あの坊主か！　ワシ知りよるど！」
　ナマズの神さまが嬉しそうに言うと、周りの神さまたちも揃って、うんうんとうなずいて、
「ふふ。このナマズさんはね、かの大ナマズ、『ピエール』の遠い親戚であるのが自慢なのさ」
「そうそう、もう何千回、同じ話を聞かされたか」
「ははは、まぁそーゆうな！　ワシ、ホントに尊敬しとるんじゃけえ」
　聞けばどうやらナマズの神さまは、優子の知り合った、あの子ナマズとも遠縁に当たるらしい。神さまの世界も狭いものだと、優子は思わずくすり、微笑んだ。
　そんな話をしている間にも、優子は手を止めず作業を続け、やがて、
「……はいっ！　お酒で作った万年桜、完成です～」
　大吟醸でこしらえた、きらきらとして透き通る桜の樹には、ひらひら舞い落ちてきた花びらがあちこちに散りばめられていて、何とも言えない美しさ！
「おおー！　こいつはすごい！」
　ぱちぱちぱち、と盛大な拍手が上がったところへ、
「あかりは、天使、なのーっ！」
　いささかに苦労しながらも、ようやく飛行のコツをつかんできた、天使な明里。しゅばーっ！　飛んでくると、優子の作った桜のてっぺんへぴたり、ぱしゃんっ！　と見事な着地を決めた。
　これには、ナマズの神さまも、隣でお酌をするはつなも、大興奮！
「うわ～！　明里ちゃんも中村先輩も、すごーいっ！　思わず見入っちゃうよ、うひ～♪」
　途端、彼女の周りには綺麗な花が、ぶわわっ！　と一斉に咲き乱れて、明里や優子の芸を演出してくれた。神さまたちはやんややんやと、実に大喜びであった。

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