天使と悪魔のロマネスク｜リアクション

天使と悪魔のロマネスク

ゴルフ場『ごくらくカントリークラブ』（２）

　サラリーマンと言えば、ゴルフで接待である……とまでは言わなくとも、久隆にも幾度かそういった経験はあった。加えて彼にはどうやら、その才能が備わっていたようである。
　全身の筋肉を余さず使い、フルスイング！　青空の上、美しい放物線を描いて飛んだボールは、連なる三つの浮遊島へ、てん、てん、てんっとバウンド。無事にコース上へと戻った。
「おおっやるのう、ヒサタカくん！」
「……恐縮です」
　老天使たちや雨宮校長先生はさておき、この場における彼は同行者たちの中でも最年長であり、みんながゴルフを楽しめるようにと、マナーやエチケットには人一倍気を使っている。その気配りときたら、実に大人である。
　とはいえ、
（妻や娘と逸れてしまった手前、私が楽しんでしまうのも少々、気が引けていたが……）
　得難い経験に、強面にもうっすらと微笑が浮かんでいる。彼自身もまた、こんな状況を楽しんでいるようだ。それにこんな穏やかな場所なら、彼の家族もまた同じように、楽しいひと時を過ごしているのかもしれない。
　一方、ゴルフとは少々違った観点で楽しんでいるのは、稲井いおねだ。
「ああ……この、翼の骨格。肩甲骨から伸びる、美しいライン！」
　一緒にプレーする天使たちは老人ではありながら、特有のろっこんでその骨格を透視してみれば、見たことも無いその形状に、
「なんとも、たまりません！」
　骨が好きという彼女のテンションも、マックスである。
　といって、ゴルフのほうは片手間なのかと言うと、そんなこともなく。
「お祖父様と遊んだことがありますからねー。さすがに、こんな仕掛けのあるコースは初めてですけど……よーし、ここなら！　いっけぇーーー！」
　いおねが打ったショットは、コースの端っこに建っている、巨大な風車が起こす暴風にあおられて、びゅおおおお！　ぐいーんと曲がり、何やらもぐらのような生物がぴょこんと顔を覗かせるバンカーを飛び越えて、緑の上に着地した。
「ほほう、風を読んだか！　ワシらもあそこは毎回苦労するんじゃが」
「うむ、お見事じゃな」
「ふふふー、ありがとうございます！」
　にっこり！　褒められればもちろん、いおねも悪い気はしない。
　石の欠片を賭けて……などといっても、場の空気は和気あいあいとしているもので、いささか人見知りな東雲人里も、
「体力と運動神経には、ちょっと自信がありますから」
　そう言って、にこにこ。風を操るろっこんを持ちながらもあえて使わず、真剣勝負を楽しんでいる。
　ボールをティーの上に乗せ、ドライバーを握り、前方を見据えた人里。左手には緑豊かな山がそびえ、右手には大きな湖が広がり、グリーンはその向こうにある。さて、ここはどう攻めようか……としばし思案していると、
「あっ！　あそこ、あそこ！　あの湖に向かって打ってください！」
　見守るいおねが唐突に、そう言った。
「えっ？　でも、池ポチャしちゃいますよ……？」
「大丈夫です、いおねを信じてください！」
　これまでにも、仲間たちや老天使たちの打ったボールが、奇想天外な仕掛けによって運ばれるのを見ていた人里。真剣ないおねの瞳へ、ひとつこくりとうなずくと、
「分かりました。いきます……！」
　しゅぱんっ！　と飛んだボールは、見事なまでに真っ直ぐに、湖の真ん中へ。そのままぽちゃんと水中へ……と、思いきや。
「……ええっ！？」
　ざばー、どざざざざ！　底から顔を出したのは、山のように巨大な……亀！　であった。バカでかい甲羅へかつんと跳ね返り、ボールはグリーンの上へ。緑の上を滑るように転がり、かららん、とホールの中へ収まった。
「ほっほう、気まぐれなあの亀が顔を出すところを狙うとは！　お嬢ちゃんもナイスショットじゃ、おぬしらやるのうー！」
「ふふふ、水の中に骨格が見えていたのですよー！」
「やりましたね……！」
　いおねのろっこんに、人里の集中力や運動神経、その合わせ技。連携プレイに、ふたりはぱちりと、手のひらを合わせた。