＜寝子温泉よりSOS＞温泉が出なくなりました……｜リアクション

＜寝子温泉よりSOS＞温泉が出なくなりました……

　温泉街には個人でやって来た行楽客がちらほらと姿を見せ始める。彼らは入り口にある看板を見て驚きの色を隠せなかったが、観光は温泉以外にもいくつかあるので、そちらから先に廻ることを決めたようだ。
「もう少ししましたら復旧いたしますので！」
　観光協会の人たちも必死に謝罪と弁解を繰り返している。

　団体客がどっと押し寄せるのはあと数時間に迫る。
「団体バスの運行会社さんには事情を伝えておきました……」
　御巫時子の機転で、なるべく遅れて到着するよう引き伸すことはできた。とはいえ彼らに与えられている時間は少ない。
「さーてやったるぞー」
　支給された従業員浴衣の袖をまくりあげ桜庭円が向かった先。
　温泉饅頭や温泉卵を作る熱湯場。観光の名所にもなっているここは、朝の冷たい空気を打ち消すように、湯気がもうもうと立ちこめる。
「うーん、これに当たっているだけで肌がスベスベになりそー」
　なんて言ってる場合じゃなかった。
「にゃーくん、落ちないよう気をつけてよ」
「にゃあ」
　一般人の入れない作業場に入り、吊るし井戸から熱湯をすくいあげる。それを火傷しないよう慎重な手つきで、運んできた大きな丸桶へと移した。これを作業場の端で冷ます。
「しかし必要な量を準備するのは難しそうだ」
　腕を組み悩むところへ時子がやって来る。
「お水を持ってきました……！」
　土産屋で販売している湧き水仕立ての飲料水。それの加工前のものをタンクに入れて運んできた。
「観光協会の方がこれからもっと持ってきてくださいます……」
「ありがとう！　よーし、これを入れましてっと」
　熱湯を注いだ桶に足してぬるめる。
「じゃーん、簡易足湯の完成だ！」
「にゃあ〜」
「にゃーくんは浸かっちゃだめだよー」
「ひとまずこれで……お客さんたちを少しでももてなせればいいですが……」
「うんうん、湯加減はちょうどいいぞ」
　手でかき混ぜながら心地良さそうな顔の円。
「同じ方法でいくつか作っておいて、あとは冷まして提供しようか」
「ですね……！」
「大変だけど頑張ろー」

　真境名アリサも来たる団体客に備えて準備を開始。
「といってもあたしにやれることなてこれくらいしかないけど」
　職場の水着バーで披露しているジャグリング。これを温泉街でもやってみることに。
「さすがにこの寒空では水着になれないけど。ダンスも交ぜれば、結構見てくれる人いるんじゃないかな」
　まずはジャグリングに使う素材探しから。
「ちょうどいいサイズのボール見つけて……ちょっと練習しとこ」

　同じころ、寝子島ロープウェイから梅戸有留と恵御納夏朝が降り立った。
「まだ人はまばらだね」
　両手に寝子島名物をぶら下げて有留がほっと胸を撫で下ろす。急いで寝子島を巡りロープウェイに飛び乗ったからまだ汗が乾かない。
「風邪ひかないうちにあったかいところ行って、準備始めようか」
　夏朝も荷物はいっぱいだ。お気に入りの可愛い子猫型のおまんじゅう『こねころころ』を始め、オススメのお菓子を各種調達して来た。
「みんな喜んでくれるといいね」
「たくさん試食とかしてもらって、お客さんの気持ちを満たしてあげるのがいいかなあ」
　経費は協会の人が出してくれるみたいだし、と付け加える。領収書はきちんともらっている。
「とにかく温泉が出るまでの時間稼ぎになれば、それでいいんだもんね」
　何事もそつなくこなすがモットーの有留。自分のやれることに全力を尽くすと誓う。
「冷却装置見に行った組は大丈夫かなあ。風邪ひかないといいけど」
　快晴だがまだまだ冷え込む九夜山上空を2人で見上げる。