授業風景～１年６組の場合～｜リアクション

授業風景～１年６組の場合～

５．授業の合間

　１年６組の音楽授業の一方で、慌ただしく廊下を走る生徒がいた。
　「ごめんなさいなのだ、うっかりしたのだ、すぐに取ってくるのだー！」
　と、授業開始後に９組教室を飛び出したのは猫大好き少女の後木真央である。
　彼女は猫ウォッチングを昼休みにずっとやっていたせいで、日直の仕事である授業の準備をしていなかったのだ。
　「そう言えば授業中の廊下を出歩くのは初めてなのだ……他のクラスの授業、ちょっと興味あるのだ？」
　アホ毛を揺らし、各教室を覗きながら真央は急ぐ。
　「ここは英語なのだ、ここは国語なのだー」
　と、教室内の黒板と教師を見て授業内容を推測していく。
　「６組は空っぽなのだー。特別教室なのだ？」
　生徒の姿のない空っぽの教室を確認して真央は首を傾げる。さらに教室を覗きつつ廊下を走っていると、５組の教室内にいる男子生徒と目が合う。
　何をやっているんだ？　と言わんばかりの表情を男子生徒、八神修が浮かべる。
　「はっ！？　真央ちゃんは今日日直なのだ、教材準備を忘れて今から取りに行くところなのだ、別にサボってるわけじゃないのだー！」
　思わず廊下に響き渡る大声で真央は声を上げる。
　当然のことだが教室にいる生徒、教師がぎょっとするように一斉に真央のほうを見る。
　「ごめんなのだー！」
　自分の口を両手で抑え、慌てるように一気に廊下を走り去る真央。
　「ここまでくれば大丈夫なのだ」
　１組の教室を越えたあたりで走る速度を落としつつ、一安心をする真央。既に当初の目的を忘れかけていた。そして、彼女は特別教室棟から様々な音が聞こえてきていることに気付く。
　「何の音なのだ？」
　音に誘われるように渡り廊下を越えて、音の発信源である特別教室棟３階、音楽室へと向かう。

　（さっきの大声は何だったのだろう）
　と、自分のクラスの授業を受けながら逆巻天野は思索に耽る。伊達眼鏡の奥にある瞳は黒板とノートを往復する。
　（少しでもテストでよい点が取れれば、寮の悪評被害も収まるだろうし）
　そんな思いとともに赤ペンで大事な箇所をチェックしていく。
　３組教室の窓から５月の穏やかな風が流れ、天野のポニーテールを揺らす。風とともに様々な音が彼の耳に入る。
　（おや、音楽の授業かな）
　顔を上げて特別教室棟の３Ｆをちらりと見上げる。

　楽器を練習する音、誰かと共に歌う声、楽器同士の音が絡み合い音楽を作る……。

　黒板に顔を向けつつも天野は音楽に耳を傾ける。
　（曲を聴くのは好きなんだけど、歌や演奏は苦手なんだよね）
　心の中でため息をつく。
　（何でみんな音程があるんだろう……僕に出来る音程は念仏を唱えるくらいだ）
　天野の気持ちを代弁するかのようにシャープペンシルの芯がポキリと折れる。
　何も考えないようにしてぼんやりと天野は流れてくる音に心も向ける。

　教室の中では椅子の軋み、誰かが鉛筆を落とした音、教師が黒板に書き付ける音。
　教室の外は風にそよぐ中庭の木の葉、音楽室から流れる様々な音。
　グラウンド側から体育の授業なのかホイッスルが遠く聞こえ。

　（日常、か）
　
　「……もうすぐ中間テストがあるので予習復習を忘れないように」
　という教師の声が響き、天野は我に返る。
　（まさか中間テストに音楽は、ないよな？）
　嫌な予感を覚えつつ、天野は休み時間に津止を捕まえようと決心したのだった。