暴走世界からこんにちは｜リアクション

暴走世界からこんにちは

【暴動するレンチ】

　近石簾は自身のろっこんの暴走のクセのようなものを漠然と理解しつつあった。
（暴走っつったって、何もかもが変わるわけじゃねぇ。いくら増えても、いくらデカくなっても、レンチはレンチ――俺の大事な相棒だ！）
　簾は自分なりの戦い方のイメージを頭の中で確立すると、それを実践するためにポケットから一掴みのソケットレンチを取り出して、巨大化したレンチの上へ登っていった。
「ははっ。そんなところに登っていったい何を――って、なにぃっ！？」
　高橋は目を見開いた。
　簾が上空から暴走したろっこんで増殖させた大量のソケットレンチを一気に落下させてきたからである。
「どうだ！　ソケットレンチの雨あられだ！」
「ぐっ……！」
　点ではなく面で落ちてくるソケットレンチの雨をよけきることは不可能だった。
「がっ……！？　ぐぁっ……！？」
　一つ、また二つとレンチが高橋の頭を穿つ。
　そのたびに、ぽろり、ぽろりと黒い羽が一枚ずつ高橋の顔から抜け落ちていく。
（よっしゃ！　いけるぜ！）
　簾は一気にレンチを滑り台のように駆け下りて、レンチではなく拳を握りしめる。
　黒い羽が抜け落ちることで、露わになった素顔に拳骨を叩き込むためだった。
（俺がぶん殴って正気に戻してやるっ！）
　気合の一撃を高橋に撃ちこむために、簾が至近距離まで踏み込む。
　しかし、そこで高橋がカッと目を見開いて反撃する。
「……僕に、触れるなぁッ！」
「おぅわっ……！？」
　いつの間にか手にしていたレンチを振るわれて、簾が一歩二歩と後じさる。

「……ふふふ。僕は高橋くんだ。僕の役目はもれいび達を殺すこと。まだもれいび達は死んでない。だから、まだ負けるわけにはいかないっ……」

　ぶつぶつと独り言のように高橋はそう呟き始める。
　そこにある種の狂気を感じて、簾はごくりと唾を飲む。

（……あいつは、なんなんだ？）

　誰もが、高橋の言葉の奥にある真意を掴みかねていたそのときだった。

「……私の出番かしらね」

　こつん、と渇いた靴音を鳴らして、今まで沈黙を保っていた大天使天吏が一歩もれいび達の前に出た。