暴走世界からこんにちは｜リアクション

暴走世界からこんにちは

【荒れ狂う狂気】

　骨削瓢には、仙藤紫のろっこんの効果が及んでいなかった。
　ゆえに、瓢にはいったい紫が何から逃げ惑っているのかが見当もつかない。
「おやおや。いったいあのお人はどうしちまったんでしょうねぃ」
　瓢は心底愉快そうに口角を吊り上げて笑う。
　見えない敵、存在しない影に怯えて逃げ惑う紫の姿は、間違いなく喜劇――つまりは瓢の大好物にほかならないものだった。
　ゆえに彼は笑う。くつくつと悦びの感情を隠そうともせずに笑うのだ。
「んん？　何がおかしいのかな？」
　その狂人ぶりは同じ狂気の存在である高橋の目にも異質に映るほどだったようだ。
「彼女はきみの仲間なんじゃないのかな？」
　そんな高橋の問いに、瓢は口の端を曲げて答える。
「あっしの友達は哀と喜劇だけなんでねぇ。あっしが楽しけりゃあ別に誰がどうなろうと知ったこっちゃないんですよぃ」
　瓢は歌うように言って、それから改めて高橋に向き直る。
「それよりもあっしにはおたくがどうやってその力を手に入れたかが気になりますねぃ。駄鳥の羽を隠し持っているみたいだが……ひとつあっしに譲っちゃくれないかい？」
　刹那、瓢がその身軽さを活かして、その場から跳躍した。
　目的は高橋への接近だった。
　瓢はろっこんの暴走を『面白そう』と判断し、自らのろっこんを積極的に暴走させるようと思ったのだ。
　そして、その目論みは成功する。
　だが、そのとき、瓢のろっこん――《悋気の竜巻》が強制発動した。
　轟、と音をたてて、瓢を中心にいくつもの竜巻が同時に出現し、簾のろっこんで大量発生したレンチを巻き上げながら放射線状に広がっていく。
『あらら。きみのろっこんも暴走しちゃったみたいだね？』
　他人事のように高橋が言う。
「おおっ！　すげぇ！　あれが暴走した骨削のろっこんか……って、竜巻に巻き上げられたレンチがこっちに飛んできたぁ！？」
　簾は一瞬感心していたが、すぐにその暴走が自身を巻き込みかねない性質のものと気づいて悲鳴に近い声を上げる。
「わっ……？　あっ……？　ちょ、ちょっ……あ、危ないなぁ、もうっ！？」
　雨寺凛もどこからともなく飛んでくるレンチに声を荒らげた。
「……文字が竜巻状になって襲い掛かって……きゃあああああああああっ！？」
　仙藤紫に至ってはそのまま竜巻に呑まれて、空の裂け目に吸い込まれていってしまった。
「にしししっ！　すいませんねぇっ。あっしにも暴走した竜巻をコントロールすることはできないもんで！」
　後ろを振り返り、ケタケタと笑う瓢は心底楽しそうだった。
　そして、
「……それにしても、随分と派手にやってくれちゃいましたねぃ。おたく、あっしと心中がお目当てかい……？」
　ぐるり、と再び正面の高橋に向き直る瓢の瞳には、深く、昏い狂気の光に満ちていた。
「……いや、やったのはきみだからね？」
　高橋の表情はやや引き気味だった。

　あるいは、高橋以上の狂気を持つ瓢こそが、寝子島のフツウを守る人々にとっては本当の脅威――なのかもしれない。