暴走世界からこんにちは｜リアクション

暴走世界からこんにちは

【鋼の少年】

「……どうやら想像以上に厄介な相手みたいだな。能力の発動条件がはっきりしていないのも面倒だ」
　橘勇は小さく呟きながら、ゆっくりと高橋に向かって歩いていく。
「待って。迂闊に彼に近づくのは危険だわ。テオもあいつは危険だと言っているし、しっかりと打開策を考えてから行動すべきよ」
　仙藤紫がそんな勇の背中を呼びとめるように言った。
「ええ、あなたの言う通りだ。だが、現状では策を練るにしても情報が少な過ぎる。なら、誰かが暴走覚悟で突っ込んででも、敵の手の内や発動条件を探るべきだ」
　勇は背中越しに応じるだけで、振り返ることもしない。
　そして、次の瞬間には勇は強く地面を蹴っている。
　高橋との距離を一気に詰めて、握りしめた拳を大きく振りかぶる。
「ひゅう♪」
　放たれた勇の拳を、高橋は口笛を吹きながら余裕の表情でかわす。
「ははっ！　勇敢なのは嫌いじゃないけど、それはただの無謀って言うんじゃないのかなっ？」
　高橋が嘲笑とともに足下に転がり落ちていたレンチを拾って、勇の側頭部にその先端を叩きつけようとする。
「二人目っ！」
　ガキン、と甲高い音が鳴る。
「……んん？」
　思っていたものと違う手応えに、高橋が怪訝な声を漏らす。
「……無謀かどうか、試してみるか？」
　側頭部をレンチで殴られた勇が、側頭からわずかに血を滲ませながら言った。
　刹那、勇の身体が高橋の視界から消えた。
　次の瞬間、勇は大地に手をつき、大きく身を屈ませたままに高橋に足払いをかけた。

「……おおっ？」

　足下を払われて、高橋が体勢を崩す。
（――俺のろっこんは《硬化》。文字通り、身体の一部を硬化させるものだ。そして――）
　勇はそのまま仰向けになった高橋に覆い被さり、拳を顔面に目掛けて振り上げる。
（――《硬化》にはこういう使い方もあるッ！）
　彼が《硬化》によって強化されたその拳を真っ直ぐに振り下そうとした、そのときのことだった。

「う～ん、惜しいっ！　でも、残念ながら、きみもゲームオーバーだ！」
「……な、に？」
　勇が目を見開いた、その刹那。

「……ッ、ぐああああああああああああああああっ！？」

　振り上げた彼の腕に、ナイフを突き立てられたような激痛が走った。
　勇のろっこんが暴走し、拳のみならず腕から肩に至るまで不随意に《硬化》し、過負荷が生じているようだった。
　もし、このまま不随意の《硬化》が頭部まで、脳まで侵攻してしまったら、自分はどうなるのか？
　そのような恐怖が勇の背筋を稲妻のように駆け抜けたときだった。

「ははっ！　きみたちにはねっ、神魂は過ぎた力なんだよっ！」

　高橋は勇を押しのけるようにして、立ち上がると今度は逆に彼を地面に押し倒す。
　そして、
「そ～れっ！　イタいのイタいの飛んでいけ～～～っ！」
　倒れた勇の両足をぐっと掴むと、そのままハンマー投げの要領で彼を振り回し、さっきエロ・イーアールオーが消えた空の裂け目へと投げ飛ばした。
「……う、うぁあああああああああっ！？」
　勇の悲痛な叫び声が、多面体の空の下に木霊する。
「うん！　今度こそ、二人目――削除完了、だねっ☆」

　まるで朝のゴミ出しを終えたかのような口調で、高橋がそんなことを言った。

『いいか、てめーら！　やつの言葉に惑わされるな！　あいつは死んでない。だから、今はやつを倒すことだけ考えろっ！』

　またテオの声が、もれいび達の頭に響く。

「さあ、次に削除されたい人は誰かなっ？　もちろん、みんなまとめてでも、僕は一向に構わないけどねっ！」

　余裕綽々の高橋の声が多面体の空の下に響き、戦いは次なるステ－ジへと移行した。

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