【大晦日】星ヶ丘のSPECIAL DAY & NIGHT｜リアクション

【大晦日】星ヶ丘のSPECIAL DAY & NIGHT

●それに名前などなくて

　クリスマスの夜、『アンダーグラウンド・バー』で思わぬ再会と鮮烈なまでの別れを体験した朝鳥さゆるは、どうやって帰ってきたのかもわからない星ヶ丘寮にある自宅で、激しい喪失感……それは虚ろで、空ろな、自分ではもうどうしようもない感情を持て余し、衝動的に睡眠薬を飲んだ。
　その量は明らかに過剰摂取量だったけれど、致死量には至らない。数日間死んだように眠ってしまったのは、さゆるの防衛反応だったのかもしれない。
　目を覚ましたのは、大晦日の夕方だった。数日間、飲まず食わずだった身体は強烈な喉の渇きを訴えていて、さゆるはだるさの残る身体を引き摺ってベッドからキッチンへと向かう。
　無造作に置かれた封が切られていない常温のペットボトルの水を身体が求めるままに飲み干していく。それから、死んだような眠りの残滓を洗い流す為にシャワールームへと移動した。
　熱いシャワーは心地よく、まるで死体のような体温をした身体を生き返らせてくれるようだった。やっと血の気を取り戻したところでシャワーを止めた。
　それでも、身体の底には汚泥のような、どこかひりついた濁った感覚が残っていて、寒くはないのに震えてしまう。その震えを、疼痛のような感覚を紛らわせる為に軽い身支度を始めた。
　ドレッサーに向かえば、鏡に映る自分は酷い顔をしていた。数日何も食べていなかったせいだろう、元々細い身体はさらに細くなっていたし、肌は水分が足りていないせいか少しかさついている。それでも、その美貌に衰えはないのだけれど。

「……なんて顔」

　自嘲気味にそう呟くと、普段より丁寧にケアをして誤魔化すように化粧を施した。断食のような状態の胃袋にいきなり普通の食べ物を入れるのはよくないとは知っていたから、白湯を飲んでひとまずはそれでよしとする。
　それから、細身でシンプルなグレーのニットセーターと揃いのニットスカートを身に付けて黒いストッキングを脚へと滑らせた。適当に掴んだコートはファーの付いた黒いダウンコートで、ブーツも黒い物。
　玄関前に立ち鏡で軽く確認して、さゆるはどこかちぐはぐな自分を感じていた。今からこの纏わり付く感覚を化粧で誤魔化すみたいに、刹那の快楽を共にしてくれる男を捜しに行こうとしているのに、まるで喪に服すみたいな色を――。
　そこまで考えてさゆるは思考を止めた。ダン、と鏡を叩いてそのまま振り返らずに、夜の星ヶ丘へと踏み出した。