悠久の時の彼方へ～切り裂きジャックの嗤う夜｜リアクション

悠久の時の彼方へ～切り裂きジャックの嗤う夜

「皆、これを見てくれ」
　新井すばるは、道端で拾った新聞を指し示した。
「この内容を見る限り、どうやらここはロンドンだ。しかも、1888年の11月だよ」
「確かに、そうみたいね」
　ブリジット・アーチャーにとっては、突然タイムスリップした戸惑いよりも、好奇心の方が上回っているようだった。
「んー、19世紀のイギリスなら、まぁ実際に見たことはないけど、ニャーロック・ホームズが活躍した時代だから結構知ってるよね」
「そう、そして史実における1888年11月といえば、『切り裂きジャック』だね。ほら、ここにも書き立てられている。5人殺したと書いてあるから、これで終わりだ」
　すばるは、大衆紙の扇情的な見出しを見つけて言う。切り裂きジャックの犯行は5人の犠牲者を出した後ぱたりと止まったので、もうジャックの犯行は起きないはずなのだが。
「これから私たちはどうしよう？持ってきたスマートフォンの中に、ホームズ全集以外にも当時のイギリスの資料が……」
　そう言って、ブリジットはスマートフォンの中を確認した。もちろん電波は届かないが、中の文献は見ることができる。
「イーストエンド地区のホワイトチャペルは、この当時はかなりひどいスラム街だったのよね。住民の助けを得るのは期待できないわね」
　ブリジットの言葉を聞いて、一緒にいた神野美野梨は少々体をこわばらせた。ポケットにスプレー式の殺虫剤が入っているのを確認し、護身用に使おうと考える。いざという時は、すばるが守ってくれると思うが……
「でも、切り裂きジャックのことは興味深いわ……これ以上事件が起きないといいのだけれど」
　すばるは、美野梨の言葉に大きく頷いた。『ちくわの似合う和製ホームズ』にとって格好の舞台が用意されたのだ。
「ジャックといえばDNA鑑定で犯人が分かったって記事が記憶に新しいね―――で、その犯人があの男だと読まされた時には気が遠くなったよ……。ミステリ好きにとっては、美学や意図のない殺人ほど下らないことはないからね」

　真夜中に、明らかに治安の悪そうな場所にいるという事実も、彼の知的な喜びを邪魔することはできないようだ。
「そうね、美学は大事だわ……あのDNA鑑定は不正確に過ぎたから、まだまだ真相は分かっていないわよ」
　美野梨は、すばるの意見を肯定する。
「ああ、だからあれが誤報だとわかった時にはどんなに嬉しかったかしれやしない……あの時ボクは思い知ったよ―――ボクは奴を神格化してたって。UMAに近い感覚かな、ネッシーとか」
　そう言って、すばるは笑う。
「まぁ、創作の人物じゃないから不謹慎かもしれないね……」
　がたり、と闇夜に音が響いた。3人ははっとして振り向くと、大きな影が見えた。
「ここにも巻き込まれた子がいたのね。バラバラに動くと危険よ」
　尾鎌蛇那伊が、同じように転移したであろう他のもれいびたちの集結を図っていたのだ。闇から現れた彼は少々怖かったが、仕方あるまい。