悠久の時の彼方へ～切り裂きジャックの嗤う夜｜リアクション

悠久の時の彼方へ～切り裂きジャックの嗤う夜

　ロンドンの街を覆う霧が、更に濃さを増した。
　男は呼吸を荒くしながら、イーストエンド地区をひたすら徘徊している。
　喉を掻き切った瞬間に吹き出る生暖かい鮮血。下腹部を切開する感触。肝臓の色、小腸の手触り、腎臓の匂い―――これまでの殺人の記憶が、彼の衝動を更に突き動かしていく。
　この間の犯行場所は、いつものように路上ではなく、被害者が夜の商売のために連れ込んだ下宿だった。そのため、見つかる心配なく心ゆくまで被害者をバラバラにできた。その『仕事』の出来は非常に満足だった―――だが、充足感は長くは続かなかった。
　もっと刺激が欲しい。この際、相手は誰でもいい―――

　木鈴寧々子は、唐突に変化した周囲の光景を見渡した。
「……もう、大体は驚かないけどね」
　この島にやってきて二ヶ月足らず。その間に、人生を何十倍にも濃縮したかのように、それはそれは色々な出来事があった。それらを思い出しながら、寧々子は思う。今回もおそらくは、『その類』だろう。
　見る限りは、ここは外国らしい。足元にはごみが散らかっており、生活水準はあまりよくないようだ。ひどく肌寒いのに、路上生活者が集まっている場所もある。
　ここが1888年のロンドンであることを、彼女は知る由もない。しかし、暖かそうな上着に大きな旅行鞄、そして東洋人である自分の風貌は明らかに周囲から浮いている。警戒したほうがいい、と寧々子は考えながら歩き始めた。
　そして彼女はまもなく、「警戒すべし」という自分の判断が正しかったことを知ることになる―――

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