悠久の時の彼方へ～切り裂きジャックの嗤う夜｜リアクション

悠久の時の彼方へ～切り裂きジャックの嗤う夜

　準備を済ませた囮役の一行は、夜の街に出ていく。ろっこんをいざという時に使えるよう、美咲紀は花も一緒に持っていった。
　耳を澄ませて、不審な物音への警戒も怠らないが、同時に周りの臭いにも注意を払う。
「犯人が医者だとしたら、アルコールの臭いとか。もしくは、服に染み付いた血の臭いがするかもしれません」
　一緒に警戒しながら、クルジッカが話しかけた。

「ジャックが襲ってきたら、ワタシがろっこんでナイフを奪い取って、仲間を護衛しますから安心してください。できるなら、ジャックの服を念動力で掴んで、テムズ川の汚水の中に放り込んでやりたいところです」
「それは我慢してくださいね、ジャックは生け捕りにしないと。あとは、ジャックが私たちに引っかからず他の人を狙うかもしれないですから……」
「襲われそうな人にも注意を払う、ですね」
「それはそれで腹の立つことなんですけどね！」
　戦闘力のない美咲紀は、ジャックに出会ったらすぐ逃げられる態勢にしておくのを心がけた。命を大事に、である。

　二人から少しの距離を置いて、鈴野海斗たちもすぐ行動できるようについてきている。
　八神修は、少し離れた地点から全体を把握して合図をする係だ。事前に調べた地理をもとに、建物によじ登れそうなところはなるべく高いところに登って視野を確保する。合図は指笛を使うことになっている。
　常闇月は、鋼糸の仕込まれたグローブをしっかりと装着した。囮役の安全を第一に、真っ先に相手を発見する心づもりだ。決戦の時は、「現役時代」を思い出しながら本気で戦おう……心を凍らせ、しかし人形になりきることなく、ギリギリのラインを保つ―――

　実は、この場にはもうひとりいる。十朱此方が、ろっこん〈transparent〉の力によって姿を見えなくしているのだ。「消えたい」と強く願うことで、此方は持っている竹刀ごと透明になる。
　切り裂きジャックとは、どんな人物だろう……？
「娼婦を狙っているなら男性と考えるべき？でも、女性かもしれないのよね」
　此方は、さっきブリジットたちが言っていた諸々の説を思い起こした。相手が誰であれ、注意して観察するべきだ。怪しい人がいたら、顔と服装をよく覚えよう。
　此方は物陰に隠れ、いったんろっこんを解除して様子を窺った。移動時にろっこんを発動する前に、石を拾っておく。「消えたい」と願うとともに、此方は石ごと見えなくなった。