迷子の太陽と彷徨う犬｜リアクション

迷子の太陽と彷徨う犬

　冬の夕風を裂いて自転車が走る。
（多分、この辺り……）
　風にあおられ瞳に掛かる亜麻色の髪を片手で払い、八神修は参道商店街の一角で自転車のブレーキをかける。片足を地面につけ、ポケットからスマートフォンを取り出す。立ち上げるのはねこったーアプリ。
　開いた画面に現れるのは、輝く裸身の男を『非リア充神使徒さま』と敬い崇め、後について回っているらしい後木真央が次々と投稿している『使徒さま』の写真。どうやら真央は『非リア充の神さま』の信者を増やすべく行動している様子。
（実害はあんまりないが……）
　追い立てられ写真を撮られまくる『使徒さま』が何かの弾みに真央に襲い掛からないとも限らない。
（放置してもおけん、か）
　投稿写真の背後に映りこむ景色には見覚えがあった。そこから『使徒さま』出没ルートを読み取りつつ、幾許かの武器を用意した後に自転車を走らせ、推測のうちで一番確率の高いポイントに辿りついた。
　夕暮れの光を頼りに周囲へ視線を巡らせる。
　クリスマスの華やかな光と装飾にさんざめく商店街は、いつもと同じに賑やかで――
「……あ」
　巡らせた視線が商店街の一角の小さな公園で停止する。
「カップルが腕組んでウィンドウショッピングなのだ助けて使徒さまー！」
　滑り台の上から商店街ウォッチをしつつ何故かマッスルポージングを決めていた真央が泣き叫びながら飛び降りる。滑り台の下で真央と同じポーズをしていたトレンチコートの男にフライングボディアタックをお見舞いする。
「ぬあーッ？！」
「クリスマスはっ、クリスマスはクルシミマスなのだーっ！」
　自らの体で潰した男の上にすっくと立ち上がり、真央が絶叫する。公園のベンチに掛けていた男女カップルがそそくさと逃げ去る。
（見つからなければ近くの人に声をかけようと思っていたが）
　ペアを演出してでも真央の言う『使徒さま』、実質は犯罪者な男を誘い出すつもりでいた。
（その必要もなかったな）
　押し潰された上に獲物に逃げられ、肉体的にも精神的にもダメージを受けてくずおれるトレンチコート男を自転車に跨って眺めつつ、修はスマホを仕舞う。真央からすれば純粋な信仰心からの行動なのだろうが、
（ある意味ナイスだ）
「あっ、修ちゃん！」
　真央の無邪気な攻撃に堪え、立ち上がろうとする男の傍ら、真央が元気いっぱい手を振る。
「真央」
「来てくれたのだ、修ちゃん！」
　公園前の駐輪所に自転車を停め、元気な少女に爽やかに手を振り返す少年を目にするなり、『使徒さま』は怒りに震えた。多分に傍迷惑ではあるが、自分を神の使徒と慕う少女が実はリア充であったとは。これを裏切りと言わずに何と言おう。
「ちくしょう、ちっくしょう……」
　どす黒いオーラを噴き出しつつ、男はトレンチコートの襟に手を掛ける。

「使徒さまっ？！」
　まさかの攻撃対象にされた真央が驚愕に目を見開いて立ち竦む。今しも男がその身を寒風と人目に晒し黄金に輝かせようとした瞬間、
「変態は個人の趣味でも良いが、人に強要したら犯罪だ」
　犯罪者にかける慈悲は無いとばかり、修はその身に宿るろっこんを発動さた。精神を集中させ息を止め、男が唯一身に纏うブーメランパンツを『分解』する。
「ああッ！」
　絹裂く悲鳴をあげたのは男だったか真央だったか。遠距離から触れもせず全裸に剥かれ、男は乙女のようにうずくまる。
　万が一全裸で攻撃してきた時に備え、修はあらかじめ準備してきた市販品の護衛用伸縮警棒を一振りして伸ばす。一片の容赦も油断もない、その上穏かに爽やかであるが故に逆に怖い笑みを浮かべる少年の姿に、男は心を折られた。蹲ったまま霞のようにその姿を消した。
「使徒さま！？　使徒さまーッ！」
　心の拠り所に目前で消失され、悲嘆に暮れる真央の背中を見やりながら、修はほんの僅か考え込む。真央がねこったーに書き込んだ情報の中には『使徒さま』は十二人居る、とあった。
　あの変態がもれいびであるならば、
（今のはろっこんで分身したうちの一体、といったところか）
「本体を探そう」
　必死になって消えた『使徒さま』に呼びかける真央に、修はにっこりと笑みかける。
「『使徒さま』はまだ居る」
　事件はまだ、終わっていない。
「きっとあっちにも一人居るぞ」

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迷子の太陽と彷徨う犬

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