ラン・ラン・ラン！　｜リアクション

ラン・ラン・ラン！　

　海から吹きわたる風に、朝鳥さゆるは秀麗な顔を晒す。
　苛立たしい事件に巻き込まれることが多い昨今、今日のはとびきりだった。

　――その数十分前、彼女はシーサイドタウンの広場にいた。
　流行りの色のコートに、マフラーをあしらう。
　あまりお洒落をする気にはなれない。
　それでも街路灯の下で人を待つ彼女の様子は、周りをはっとさせるものがある。
　いつもの知人。
　いつもの夜。
　名前も掠れがちな相手と、躰を交わし、昏い交歓を過ごす。
　むなしく、やりきれない、いつもの夜。

　日ごとに風が冷たさを増し、膚が微妙な季節の推移を感じ取る。
　躰の芯が潜熱のように燃え、それがたまらなくいとわしい。
　単なる行為に、湿った情感が絡みつく。こんな季節は、嫌だ。

　その時、視線を感じた。
　此方の所作を、抜かりなく監視するするどい視線。
　あけすけに此方を伺う、無遠慮な視線。慣れている。男のもの。
　だが、権力の臭いもする。警官か。
　薄気味悪さを感じつつ、頭はひどく冷静に、自分の今置かれている状況を分析する。
　客観的。まるで他人事のように。

　そっと携帯電話を取り出す。
　それにつられるかのように、人影が飛び出した！
　
「ニキータ！　女殺し屋！　見つけたぞ！」

　さゆるはぱっと反応し、包囲しようとする人影を強引に突破する。

　ニキータ！
　女殺し屋！

　意味はよく分からないが、捕まれば面白くないことになるのはわかっている。
　先般タイムラインで確認した、殺し屋と間違えられる事件――どうやらそれが、自分にも降りかかったらしい。
　身を翻し、さゆるは逃げる。

「誤解を解くのは……やるだけ無駄のようね」

　所詮力のない女子高生のわが身と、醒めて割り切っているところはあるが、それでも他人と間違えられるのは癪の種だった。

　――ともあれ、さゆるはこういう状況で、いかに動くべきかを熟知していた。
『その場所』へ向けて、彼女は俊敏な肉食獣のように、しなやかな肢を躍らせた。